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政権にしがみつく菅首相が不適切なこれだけの理由

「市民自治」では危機管理はできない

 菅直人首相が、野党の自民・公明両党のみならず、所属する民主党内からも辞任すべきとの圧力を受けつつあるにもかかわらず、粘り腰を見せており、いつ退陣するか五里霧中の状況だ。

 菅首相が辞任するのが筋だと思われている理由は、自らが民主党代議士会で「しかるべき時期に、若い世代に責任を譲りたい」と述べた点だ。これが、近く適切な時期に退陣することを表明したものと受け止められ、この発言によって、菅内閣不信任案に賛成に回りかけていた民主党代議士を翻意させた経緯がある。

 不信任案採決の6月2日に、菅首相と話し合い、退陣の言質を取ったように代議士会で発言した鳩山由紀夫前首相は、言を左右に退陣時期をごまかす菅首相を「ペテン師だ」とまで言った。

 だが、菅直人は1996年、潤沢な資金を持つ鳩山氏を巧みに騙して民主党を結成し、自らが長年待望してきた政治の実現に向け大きな一歩をしるした。その意味では、菅氏はすでに一度、鳩山氏をペテンに掛けていると言ってよく、こう批判されても痛くも痒くもない。

 菅氏が目指す政治とは何か。それは、旧社会党の構造改革派が目指していた路線である。これは戦前のイタリア共産党の流れを汲んでおり、長い間に社会の構造を変えることで、自然と共産革命と同じような果実を得ることが出来るという思想だ。

 まず菅氏は1974年、「選挙を市民の手に取り戻そう」と、市川房枝さんを参議院全国区に担ぎ出し、選挙事務長として活動。さらに1977年、社会党の構造改革派だった江田三郎氏の要請を受け、社会市民連合に参加。翌78年には、社会民主連合を結成し、副代表となった。

 傍流のような政治グループに身を寄せているように見えるが、バックにある思想は一貫している。

 菅氏は、首相就任直後の所信表明演説(2010年6月11日)で「私の基本的な政治理念は、国民が政治に参加する真の民主主義の実現です。その原点は、政治学者である松下圭一先生に学んだ「市民自治の思想」です」と表明。

 また、著書『大臣』の中でも「私の憲法解釈の基本となっているのは、松下圭一先生の『市民自治の憲法理論』(岩波新書、1975年)である。

 冷戦時代の55年体制下では、社会党が目指す大きな政府を必要とする社会主義は言うに及ばず、自民党の自由主義も護送船団方式といわれるように官僚体制に支えられて成功したシステムだった。それが、冷戦終結とともに、官僚システムの歪みが露見し始め、脱官僚政治がブームになりやすい素地が生まれた。

 その流れに乗って誕生したのが民主党だった。民主党は官僚主導から政治主導をアピールするとともに、中央集権から地域主権をスローガンにしている。この政治変革に見事に連動しているのが、松下圭一・法政大学名誉教授の「市民自治の思想」なのである。

 松下氏は『政治・行政の考え方』(岩波新書)の中で、法的根拠を持たない慣例としての事務次官会議が裏の閣議の役割を果たし、実際の閣議はその決定を追認しているに過ぎないと批判。菅氏も、メディアで事務次官会議を官僚政治の悪弊として槍玉に挙げてきた。

 菅氏はまた、松下理論を背景に国家主権に代わる国民主権を強調し、「国会内閣制」という言葉で、国民に選ばれた国会議員が形成する内閣が、官僚にコントロールされることなく、国会と強く連携し、行政を国民の手に取り戻すようにすべきだと訴えている。

 これとともに、国家主権という概念は失われる一方、市民が主権の担い手という方向に政治が向かっていく。

 菅首相は、外交が苦手といわれる。市民自治を最大の政治課題にする政治家が外交下手になるのは当然だ。安全保障も同様である。そこに今回、原発事故を伴う東日本大震災が発生した。

 市民自治で原発事故への対応は出来ない。震災対策も官僚機構を迅速に活用して、早急に必要な手を打たなければ手遅れになる。だが、菅内閣は被災地支援のテンポが遅く、実効ある措置よりも、復興構想会議など会議・機構作りに熱心で、自身の決断よりブレーンの言葉に動かされている。

 国家の危機管理が最も問われる局面で、最も不適切な政治家が首相の座にいたといわざるを得ない。

 自民党の谷垣禎一総裁は、民主党内からも信頼を失いつつあるとして「菅さんは裸の王様だ」と酷評。だが、地方では松下理論に則り、自治労や自治労のシンクタンクである地方自治総合研究所の知識人が動いて、政治的少数者の構造改革派が自治基本条例の制定を進めている。

 また、民主党内には、地域主権と関係の深い「新しい公共」概念の活用も企図されており、「市民グループによる霞が関の乗っ取り」の可能性が危惧されている。

 松下理論に私淑し、党内で主導的役割をする政治家は外にもおり、大きな流れは松下理論に沿っているとの思い込みがある限り、菅首相は、党内での支持が少数でも、粘り腰を発揮し続けるだろう。

 しかし、「地域主権という考え方を認めている憲法学者は、左翼学者でもまずいない」(八木秀次高崎経済大学教授)。国民が、菅首相と同調者の考えの誤りをしっかり弁え、明確に退陣要求を突きつけるべきである。