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本誌取材班ルポ② 脚光浴びるローカルメディア

油性ペンで書いた壁新聞 創刊99年、石巻日日新聞を継続

 東日本大震災は地域新聞にも打撃を与えた。岩手県釜石市に本社がある岩手東海新聞は社屋を津波でやられ停刊を余儀なくされた。だが被災地の多くの地域新聞には、自ら存亡の瀬戸際に立たされながらも、地域の危機的状況からの脱出を図るため住民の目となり、耳となって新聞を出し続けた感動のドラマがあった。

 石巻日日新聞(本社・宮城県石巻市)は来年、創刊100周年を迎える。その歴史ある新聞を社員は一丸となって守った。石巻市にある本社は津波に洗われ輪転機は水没。社員はそれでも浸水を免れたロール紙をカッターで切り、懐中電灯で照らしながら油性ペンで壁新聞を作った。

 「正確な情報で行動を」とか「余震に注意」「支え合いで乗り切って」といった被災者の安全をおもんぱかった呼び掛けや励ましの言葉が見出しに使われている壁新聞には活字にはない温かみが感じられる。

 結局、石巻日日新聞はコピー機が使えるようになるまでの6日間、手書きの壁新聞を発行し続け、情報に飢えた被災者たちにささやかなオアシスを提供した。

 米ワシントンのニュース・ジャーナリズム博物館「ニュージアム」はこのほど、極限状況で情報伝達の使命を全うしたそのジャーナリスト魂をたたえ、この壁新聞の永久保存を決めた。

 宮城県気仙沼市に本社がある三陸新報は、停電で輪転機は回らなかった。だが社員の車を集めてバッテリーをつなげ、A4判片面の号外を刷った。12日付第1号号外下では、「勇気を出してがんばろう」と励ましのエールを送っている。

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みやこ災害FM局

 地域新聞で目を引くのは、詳細な避難者名簿や身元不明遺体情報だ。身元不明遺体情報では手術痕や妊娠線といった体の特徴や衣服の特徴など、事細かな情報をほぼ毎日掲載し、遺体の身元確定に役立った経緯がある。

 脚光を浴びているのは地域紙だけではない。ローカルFM局など電波系も地域復興に一役買っている。岩手県宮古市にある「みやこコミュニティー放送研究会」もその一つだ。

 宮古駅前の陸中ビルの3階に同研究会は「みやこ災害FM局」を置いている。本来、今年8月に開催予定の高校総体に向けて開局準備を始めていた。それを敢えて市が免許を前倒しして交付し、市民のコミュニティーセンターとしての使命を託して震災から11日後の3月22日に、開局した。

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みやこ災害FM局の佐藤省次事務局長

 同局の佐藤省次事務局長は、「スーパーの営業時間など、きめ細かな生活関連情報を流すよう心がけている」と話し、大手ラジオ局ではフォローできないローカルニュースなどを流すことでローカルネットワークを構築していきたいとの意向である。

 宮古市では6800人が避難所生活を強いられている。中にはコンピューター一つないまま、ラジオだけを頼りにしている人も多い。こうした人々の具体的な生活を支える情報提供を心がけているのだ。

 「みやこ災害FM局」を訪ねた。宮古駅前の陸中ビルの3階の一室が事務所であり、FM発信局でもある。事務局のメンバーはパソコンに向かい、理容室にあるようなパーテーション越しにアナウンサー2人が実況中継している。

 その一人のアナウンサーが「山にガスがかかってきましたね。きれいですね」と語った。なぜか、いい言葉だと胸に響いた。町には喪服姿がまだ目だっている中、瓦礫の山の中に「解体可」と赤ペンキで書かれた家々が残っている宮古市だが、「たまには骨休めして、目の前にそびえる緑の山にかかるガスの動きをながめようよ」といったメッセージに聞こえたのだ。

 何気ないアナウンサーの言葉に、人々の視線を上に向ける示唆と励ましを感じた。