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スタートしたアフガン駐留米軍の撤退

南アジアのバルカン化も

中国含む新グレート・ゲーム

 オバマ大統領は、イラクでの米軍の戦闘任務を終結させ、アフガニスタンからの米軍撤退開始に着手した。そのアフガニスタン駐留米軍の撤退第1陣の650人が7月中旬、アフガンを離れ帰国した。現在10万人派遣されている米軍のうち、1万人を今年中に、さら2万3000人を来年の夏の終わりまでに帰国させ、2014年にはアフガニスタン治安の責任を同国政府に任せるアフガン撤退計画に基づいたものだ。オバマ米大統領は米軍引き揚げで「責任ある終戦をもたらす」と演説した。だが、待ち受けているのはアフガニスタンでのタリバン復活であり、南アジアのバルカン化という懸念には強いものがある。


 イラクに展開していた米兵は3年前まで約14万2000人いたが、今は4万6000人。

 その全員が、2008年のイラクとの合意により年末までに撤退する。さらにアフガニスタンからの米軍撤退も始まった。

 アフガニスタン戦争が始まって以来10年。予算は逼迫する一方だ。米国は、アフガニスタン駐留米軍を運用するのに年間500億ドル使ってきた。今年は1130億ドルだ。アフガニスタンでは一人の兵士に年間100万ドルかかっている。アフガニスタン南西部のヘルマンド州だけで18億ドルだ。この額は、エジプト軍事援助と同額のレベルだ。すでに米軍の死者は1500人を超えた。

 米国はアフガニスタンでの戦争に疲れている。米国民アンケートではアフガニスタンでの戦いは57%が価値がないとし、75%が大幅の兵力削減を支持している。

テロの銃声が米軍への土産

 米軍を含む国際部隊は2014年末までにアフガンを去る。だが、責任を継承するカルザイ政権は治安維持の能力不足を露呈しており、足元がおぼつかない状況だ。

 7月12日には大統領の弟で南部カンダハル州の最有力政治家アフメド・ワリ・カルザイ州議会議長が、信頼していた同郷の護衛責任者に射殺された。その5日後には、大統領顧問で2006年まで南部ウルズガン州知事を務めたジャン・モハメド・カーン氏が首都カブールの自宅で武装グループに襲われ死亡した。いずれもタリバンが犯行声明を出した。

 カルザイ大統領は、弟であるカンダハル州議会議長と大統領顧問という大統領の右腕ともされた2人をテロで失い、政権中枢に打撃を被った。2人とも中央政府を支持する南部の権力者だっただけに、タリバンの影響力が強い南部でのカルザイ氏の影響力喪失が懸念される。とりわけカンダハルはカルザイ一家の権力基盤であるだけでなく、オバマ大統領が就任時に決定した3万3000人増派の中心地でもあった。

 アフガニスタンから撤退を始めた米軍への土産は、テロの銃声だったのだ。

 アフメド・ワリ氏の殺害は、米軍が去った後、アフガン国軍がタリバンをカンダハルに近づけないようにできる見通しがないことを示すだけでなく、タリバンの復活か内戦のどちらかになる可能性が高いことを示唆している。治安回復へのカギとなるのがアフガン政府と米国が実施するタリバンとの和平交渉だが、外国軍の完全撤退を求めるタリバンの強硬姿勢を前に、打つ手がないのが現実だ。

ムンバイの同時多発テロ

 なお人口1300万人を擁するインド最大の金融都市ムンバイで7月13日、同時多発テロが発生した。このテロ事件もアフガニスタン情勢と無関係ではない可能性が高い。イスラム過激派による3年前のムンバイ同時テロは、インドとパキスタンの和解路線に水を差し、両国の関係を緊張させることで国境に兵を張り付け、タリバン掃討に振り当てられるパキスタン兵を国境に振り分ける策謀があったとされた。それがパキスタン内で活動するタリバンの安全保障担保につながるからだ。

 ムンバイは過去に何度もテロの標的とされ、2008年11月にはタージ・マハル・ホテルやムンバイ中央駅などで同時テロが発生し164人が死亡、06年の同時テロでは174人が死亡した。

オバマ大統領の政治ショー

 アフガニスタン駐留米軍の撤退は、2001年の9・11以後、米国はテロ実行犯とされたアルカイダを保護していたアフガニスタンのタリバン政権を崩壊させた後、10年に及ぶ駐留でアフガニスタンの治安を回復させた実績の上でなされるものでは決してない。あくまで赤字財政の中、膨大な予算を食い、駐留米軍の犠牲者も絶えない厭戦気分に押される形での撤退だ。強いて言えば、来年末に行われる大統領選挙でオバマ大統領の再選をにらんだ政治ショーでもある。

 こうした政治状況下で米国および世界が危惧しているのが、力の真空が生じる隙を突かれる格好でのアフガニスタンのバルカン化であり、南アジアへの波及だ。

 いまだアフガニスタンやパキスタンなどで隠然たる力を持つタリバンとすれば、自分たちに向けられる武力を他者に振り分け、リスクの軽減を図ろうとするのは必然だ。

中国の介入

 アフガニスタンからの出口戦略を取ろうとしている中、相互に核実験をして牽制し合っていた10年前の印パ関係に戻れば、アフガニスタンのみならず南アジアのバルカン化が進行してしまいかねない。

 こうした隙間を読み込み、介入しようとしているのが中国だ。

 米国がパキスタン国内でテロリストの頭目ビンラディンを射殺したことで、米パ関係に隙間風が吹いた。パキスタン国内での米軍の軍事活動にもかかわらず、パキスタン側には連絡がなかった。さらに近年の米印関係の進展もパキスタン首脳をいらだたせている。

 こうした状況を読み込んだ中国は直ちにパキスタンのギラニ首相を北京に招き、真に信頼すべきは中国だとのメッセージを送った。無論、兵器供与を含む軍事援助や経済支援の贈り物も用意してのことだ。これに対しギラニ首相は、同国のグアダル港の軍港化を提案した。中国はスリランカのハンバントタン港やバングラデシュのチッタゴン、ミャンマーのチャオピューなどで港湾開発を進め、「真珠の首飾り」と呼ばれるインド洋を囲む形で海洋戦略を発動している。その海洋戦略に一段と加担しようというのだ。

 これは米中を競い合わせて双方から軍事、経済支援を引き出そうというパキスタン側の両天秤外交と見る向きもあるが、中国はここぞという時、天秤にもう一方のものと比べ10倍、20倍もの圧倒的差をつけた分銅を置き、バランスを崩すことはお手のものだ。

米中印の新グレート・ゲーム

 そこで、注目されるのがユーラシア大陸のハートランドとしての南アジアだけでなく、流通の要となっているインド洋だ。

 19世紀のロシアと英国は中央アジアをめぐって「グレート・ゲーム」を争ったが、「新グレート・ゲーム」では、南アジアやインド洋で米中印を主要プレーヤーとして展開しつつある。

 とりわけ富国強兵に邁進している中国は、そうした地域に積極的に戦略的な投資を行い影響力増大に余念がない。

 2隻の空母の建造を急いでいる中国は、先述した通りインド包囲網を狙った「インドの首飾り」戦略を発動。中国は政府主導の下、パキスタン、スリランカ、バングラデシュ、ミャンマーで、インドを取り巻くように港湾を建設中だ。

 パキスタンではイラン国境に近いグワダル港建設にかかわり、海軍基地建設をもくろんでいる。またバングラデシュではシットウェー港、ミャンマーではチッタゴン港、スリランカではハンバントタで巨大投資を惜しまず、港湾建設事業に取り組んで影響力拡大に動きだしている。

 なお中国はインドの地方政府に食い込み、同国南部のケララ州コーチン港の開発に手を出したが、さすがにデリーの中央政府が安全保障上の理由からストップ命令を発して契約は破棄された経緯がある。

 さらに中国は、ミャンマー南方300キロのベンガル湾のグレート・ココ島に港湾と電子情報施設を構築、さらにスモール・ココ島には軍事基地が建設されつつある。またモルディブのマラオに建設してきた海軍基地の25年租借が昨年から始まることになるなど着々と将来に備えている。

インド海軍力の増強

 対するインド軍も、手を拱いたまま座視しているわけではない。

 インドは、2隻の空母建造で遠洋進出を本格化させようとしている中国に対抗して、海軍力増強に動きだしている。インド政府は、国防予算を2009~10年度に前年度比23・7%増加させ、10~11年度予算案でも前年比8%増を計画するなど、5年間で300億ドルを投じて軍の近代化にダッシュを掛けてきた。

 とりわけ独立以来、歴史的な関係が強いロシアからの武器調達のパイプを再び大きくしながら中国牽制に舵を切っている。最大の目玉は、旧ソ連時代の1987年に配備された空母アドミラル・ゴルシコフ(約4万5000トン)だ。2004年に9億7400万ドルで基本契約が結ばれたものの、インド側が装備の刷新を求めてもめた経緯があるが、このほど23億ドルで最終妥結したとされ、12年末までにインド海軍に引き渡される見込みだ。

 インドは現在、英国製空母「ヴィラート」(約2万8000トン)を1隻保有している。さらにケララ州で4万トン級の国産空母「ヴィクラント」を建造中で14年ごろには配備される。

 結局、これでインド海軍は空母3隻体制でインド洋を守ることになる。

 そして、中国の大規模なインド洋南進に向けた布石には及ばないものの、海外基地構築にも動きだしている。インド軍は、インド洋西部のマダガスカルとモザンビークに情報収集基地を設置し、中国に隣接するカザフスタンには関連基地を設置した。

 また、インド南部チェンナイ(旧マドラス)の東方約1000キロの位置にあるアンダマン・ニコバル諸島の海軍基地も大幅に戦力増強を図る計画で、中国の南進ルートの一つとされるミャンマーのイラワジ川河口を南から牽制する狙いだ。

 こうしたインド洋におけるシー・パワーの現実からすれば、インド洋を担当海域とする米太平洋艦隊やインド海軍に中国人民解放軍は劣勢ではあるが、中国海軍力増強の主要目的とされる台湾問題で片をつけた後には、海軍力を大きくインド洋に振り向けることができることから、がらりと状況が変わるリスクにも目を向けておく必要がある。

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