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シンポジウム 東日本大震災から半年

EU型システムの構築を 仙台 東北第一次産業復興支援集会

 東日本大震災からまもなく半年を迎えるが、中長期にわたる各地域ごとの復興再生プランはいまだ作成されていない。こうした中、学識経験者や官僚OBらでつくる国家ビジョン研究会(東京、中西真彦代表世話人)による「東北の農業・林業・水産業復興支援集会」が8月6日に、仙台市青葉区の市民会館で開かれ、1次産業の専門家や被災自治体の首長らによる活発な意見交換が行なわれた。東北地方は、第1次産業である農業・林業・水産業が占める割合が大きい。パネルディスカッションで、司会の本間正義東大教授が「共通であるのは、日本が資源を有効活用していないことだ。他の先進国にいかに遅れをとっていることか」と総括した。専門家らの意見、提案を集約すれば、欧米など先進国のノウハウに学ぶこと、ヨーロッパ型のシステム構築が必要ということになろう。(肩書きは8月6日現在)

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 集会は冒頭で、平野達男復興担当大臣が講演。復興計画について「町並み、生活のパターンも大きく変わってくるのではないか。国として規制緩和や手続きの簡略化などできる限りのことをする」と述べた。


循環型社会に転換が日本の生きる道

篠原孝・農林水産副大臣

 篠原孝・農林水産副大臣は、今後の方向性を次のように展望した。

 「循環型社会に転換するのが日本の生きる道だ。エネルギーが石炭から石油に代わってから、日本は外国依存型構造経済になった。日本には石油も鉱石もないが、雨がよく降り、豊かな森林をもち、1年中太陽の光に恵まれている。太陽エネルギー、地熱、風力、森林資源などをベースにしたイノベーションをもてば石油の海外依存も不要になる。

 今、求められるのは自立のための商品・事業開発だ。TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)は日本にいらない。自由貿易でないから日本が停滞しているのではない。魚は獲れるし、農業は平地で規模を拡大すればいい。住居は高台につくる。原発の問題にきちんと対処していけば、東北は日本人の心のふるさとにできると思っている」

 農業については、大規模化により国際競争力のある食料基地としての農業を構築し、全国のモデル的な農業経営の突破口とすることが求められている。


農地が狭い三陸百姓再生が必要

大泉一貫・宮城大学副学長

 パネリストの一人、大泉一貫・宮城大学副学長は、農業グローバル化のビジョンについて、こう描いた。

 「東北の1次産業は辺境に属している。過疎が進み、人口が減少している。1次産業GDPも減少している。『辺境』から世界の中心になるようなビジョンが必要。農業は成長産業であり、財政支援と融通性のある制度を抜本的に講じ、大胆な計画理論をつくる必要がある。

 ノウハウは海外に求めるべきだ。オランダ、ノルウェー、デンマーク、ドイツなどは今、1次産業の輸出国になっている。オランダは九州くらいの国土なのに世界第2位の農産物の輸出国だ。デンマークでは、19世紀にナポレオン戦争の敗北以来、農業がほとんど壊滅してしまった。しかし今や酪農、畜産製品の大輸出国になっている。なぜグローバル化し得たのか。システムをつくる考え方が日本と根本的に違う。とくに可能性のあるのが仙台湾岸だ。オランダの大使と仙台空港周辺を見て回ったとき、彼は、アムステルダムの郊外にそっくりだと言っていた。そこでは家族経営がいっぱいあり、ハウスが敷地を埋めている。採れた花が2日後にニューヨークスクエアの花市に並ぶ。IT化し、ロジスティックスをきっちり作り上げていった。それをここでできないのかと。

 地権者が合意して土地が集積され、そこに国や県から巨額の投資がなされれば可能性がある。仙台市農協も大規模経営をやりたいと言い、財務大臣はプロジェクトをモデル事業としてやるんだったら予算は付けられる、と言っている。うまくいけば、上海とか大連とかに、宮城県産の花がどんどん行くようになる。仙台市ではハイポニカをやってみるという話もある。

 三陸地方は農地が狭い。事業者が一つの産業だけに特化するのではなく、多様な事業を対象にした方がいい。昔の百姓再生が必要だ。震災特区で規制緩和して、農業もやれるようにすべきだろう」。

 今回の震災で、山間の林業はあまり影響を受けなかった。山林の手薄な手入れが問題になっているが、日本の森林蓄積は、1951年の17億立方メートルから2004年の60億立方メートルへと、今や世界でも有数の資源量となっている。大きなビジネスチャンスがあることが指摘された。


東北を木材自給率の先進地域に

皆川芳嗣・林野庁長官

 皆川芳嗣・林野庁長官は「毎年、日本の木材の消費量を上回る成長量がある。とくに東北は非常にポテンシャルの高い森林資源に恵まれている」とした上で、さらに次のように語る。

 「林野庁では木材の自給率を10年間で50%に上げていく計画だ。その先進地域が東北だ。復興需要に対応した木材の安定供給を図っていく。東北は木造家屋の比率が高い。今回、一部損壊を含めて60万戸が被災した。復興住宅、公共建築物については、木材を使っていこうという法律ができた。海岸林の再生も含め非常に大きな雇用創出力がある。

 各地域の膨大な木質のがれきも、有用活用すべきだ。中央統制型の電力でなく地域分散型も考えるべきで、木質バイオマスによる熱電供給システムを考えるべきだ。お金が地場に落ち、それがまた新しい需要を生んでいく。農業用の加温に使った重油だけで300億円の負担がある。それがドバイのタワーに変わっていくのか、( 木質バイオマス活用で) 地域の雇用創出に変わっていくのか。非常に大きな転換という意味がある」と言うのである。


先進国でしか成立しない林業

梶山恵司・国家戦略室内閣審議官

 梶山恵司・国家戦略室内閣審議官も「日本の( 木材) 自給率は2割。8割が外材だ。潜在的に国産の可能性は膨大だということだ。そこをいかに奪回していくか。日本のやり方は、基本的に大正時代と変わっていない。抜本的に変える必要がある」と指摘。

 「ドイツでは森林面積は日本とほぼ同じだが、木材関連産業の雇用は100万人を超える。産業論としては最大の規模になっている。世界の先進国の木材の生産量は、日本を除いて全て上昇している。製材・合板、住宅家具、最近ではエネルギー利用も拡大している。観光資源にもなっている。太陽光だ、何だといわれているが、一番可能性のあるのは木質資源だ。東北の数千人の町を見れば、エネルギーはほぼ自給できる。夢物語でも何でもない。ヨーロッパでは当たり前のことだ」と言う。

 実際に、林業の育成に力を注ぎ、バイオマス発電を実現しているのが、日本製紙石巻工場のある石巻市だ。亀山紘市長は、次世代型農業や海洋微生物による取り組みを紹介する中で、「製材の廃材を生かし、年間33万8500キロワットを生み出してきた」と紹介し、注目された。

 しかし、これまでの経緯から、日本での林業再生は難しいという見方がある。これに対し梶山氏は「地形が急峻だからと言う。しかし、オーストリアも同じく急峻だが立派にやっており、しかも日本に輸出している。小規模所有というが、これも歴史の古い国であれば共通だ。賃金コストが高いというのはまったくの嘘だ。日本の現場は低賃金。ヨーロッパの方が高いし、林業を健全に行っている」と一つひとつ実例をあげて説明する。

 もう一つ、日本の林業にとって有利なのは、林業が基本的に先進国でないと成立しないという点だ。これについて梶山氏は「森林管理は高度な技術が必要だ。マーケティング、加工も単純ではない。法制度、人材育成などの社会システムも必要だ。森林を見ると、その国の文明のレベルが分かる」と言うのである。

 今年度から「森林・林業再生プラン」が始まった。昨年、全林業界を巻き込んで合意されたものだ。モデル事業で、短期間のうちに大きな成果を出すことが可能ということが実証されたもので、林業は真っ先に期待される産業といえよう。

 一方、水産業は漁船、港、冷凍倉庫などが壊滅的な破壊を被った。抜本的な水産業の作り直し、人材育成、資源の枯渇の防止など、持続可能な水産業を確立していく必要がある。

 石巻商工会議所の阿部淳副会頭は「石巻には金華山沖という世界有数の漁場が目の前にある。200種類を超す魚が獲れる。魚という豊かな資源を供給することは、日本の水産業という観点からも非常に重要なテーマだ」と語る。

 米国シアトルを根拠としてベーリング海やアラスカで20数年来、マダラを獲ってきた経験を持つ阿部氏は、ノルウェー、オランダ、フィンランドなどヨーロッパではクラスター、産業の集積があることを観察してきた。

 「農業、漁業それらをとりまく環境、あるいは乳製品、船の修理、運輸、レストラン、ホテルさまざまなブドウの房のようなクラスターにつながっている。ノルウェーは、生産コストの面で比べると、日本の3分の1でやっている。緻密で勤勉な日本人だが、生産の効率という点では、欧米にまだまだかなわない。ヨーロッパ型のクラスター、食をとりまく先進的な産業整備を行うのが有望ではないか」と見る。

 小松正之・政策研究大学院大学教授は「三陸では現在、資源の悪化と乱獲が進んでいる」と次のように指摘した。

 「漁獲高がピーク時の300万トンあったものが60万トンしかない。しかし、先進国ではむしろ伸びている。資源回復が大事だ。加工場も大きく減っている。獲った魚も加工工場がないと価値が半分ないし3分の1に下がる。ただ東京の築地に素通りさせていたのでは、基本的な産業復興にならない。

 資源回復のためには、個別割当を導入して獲り分を決める。後継者がいなければ年金代わりに他の人に売ったり貸したりすることもできる。新潟では個別漁獲割当制度(IQ)を導入した。韓国でもIQ、個別譲渡性漁獲割当(ITQ)を導入して、230万トンから史上最高の漁獲高320万トンまで上げてきた。日本にもできるということだ」

 小松教授によれば、後継者はピーク時と比べ岩手は2割、宮城が3割。震災後はさらに減って、岩手は半分に、宮城は3分の1減った。「ノルウェーは、人口構成は若い人が半分、60歳までみると85%。日本は60歳以上が半分以上いる。問題は収入だ。日本では沿岸漁業の所得が240万円。ノルウェーは500万から800万円( 円に換算)。継続するためには資源対策と合わせて行う必要がある」ことに触れた。


相馬市長 法人農家育成を

石巻市長 国は早く災害特区認定を

 こうした諸提案に対し、各市町村の首長(代理を含め約20名が参加)の受け止めた方はさまざまである。いくつか紹介すると。

 「林業について検討してみたい。ハイポニカは初期投資がかかるので難しいが、法人農家を考えている」(立谷秀清・相馬市長)

 「農地の大規模化とか経営形態の大きな変更が必要だろう。市町村として使い勝手のいい思い切った補正予算をできるだけ早く編成してほしい」(稲葉信義・仙台市副市長)。

 「まだまだ復旧から復興へという段階にはきていない。国には早く災害特区の認定をしていただきたい」(亀山・石巻市長)

 「農地の4分の1が海抜0メートル以下になった。農業の復興以前に地盤沈下をどうするのか。国で方向性を示してほしい」(井口経明・岩沼市長)

 「宮城県や岩手県の復旧復興の話はとてもうらやましい。浪江町はゴーストタウンのようだ。町民のほとんどは失業状態。早めの目的が持てる状況をつくるのも行政の仕事ではないか」(上野晋平・浪江町副町長)

 平野復興担当大臣は、集会前の各首長との意見交換会では、このように語っている。「9月上旬には一定のスケジュールを国の考えとして示していきたい。国でも今まで国交省が中心だったが、(各省による)1チーム10人くらいの支援チームをつくった。復興計画の策定にあたって積極的に活用していただきたい」

 国、県、市町村、住民の密接な連携による一日も早い復興再生プランの策定が待たれる。

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