インタビュー 日本大学文理学部の森昭雄教授に聞く
聞く耳をもった子供に育てよ
大事な口承による頭脳訓練
『ゲーム脳の恐怖』という本を出した日本大学文理学部の森昭雄教授は当初、高齢者の認知症の研究で脳波を使った研究に入っていた。それで認知症になっている人は、ベータ波がかなり低いということが分かった。その時、たまたま調べた学生の脳波が、認知症と同じ波動を示していた。その学生は、ゲームにはまっていたことから「ゲーム脳」という言葉が生まれた、という経緯がある。ゲームで複数の子供が遊んでも、ほとんど会話がない。こうした非言語性のコミュニケーションだけでは、ものを深く考えることとかが苦手だし、人の話が聞けない。インドの子供は何かあるとすぐ手を挙げて、自分の主張をどんどん言う。言ったことに対して、脳の中で整理して考えを話す。そういう教育が徹底されていると言う。インドのコンピューター教育視察を終えた森教授に聞いた。
──インドのコンピューター教育視察を終えた感想は。
インドのコンピューター教育ではネットワークをつなげさせない。つなげる場合は先生が横にいて、1時間だけだ。基本的に講義をやり、そのノートを見ながら、自分たちでその作業をするというものだ。
またあらゆるソフトウエアを使いこなす。その中から創造性というか、自分でこうしたらどうかといった発想が生まれてくる。その辺が根本的に日本と違うところだ。
9歳の女の子が自分で開発したソフトを見せてくれた。左右対称の幾何学的な模様が出てくるものだ。「家にパソコンがあるの」と聞くと、無いと言う。学校で習って、自分で考えて作ったと言う。そうした子供の創造性を引き出すことに成功している。
──ネットだけつなげていると、高速ハイウエーを走っている気分ではあるけれども、高速ハイウエーを走れる車を作れるパワーにはならないということか。
だからなかなか面白い。インドでは日本みたいに、いいパソコンを置いていない。デスクトップ型の古いものだ。そういう意味では、外的環境において日本のように恵まれていない。ただ哲学が違うだけで、こうも違ってくる。
大学生になって習うようなことを、インドでは小学校高学年で習っている。だから小学生でもエクセルを使いこなせている。
──インド人特有の知的パワーではなくて、教育の問題が大きいということか。
そうだと思う。教育の問題だ。
戦後、独立したインドが力を入れたのは教育だった。1947年、ネルー首相はインドは何も資源がない国だとして、頭脳しかこの国が生き残る道はないという覚悟を持ってスタートした。半世紀を経て、それが実ったということだ。ゼロを発見したインドは昔から理数系が強い国だが、理数系でトップをいく米国マサチューセッツ工科大学を模範としたことで、IT(情報技術)世界で飛翔する翼を得た。
──最近、どういった研究をしているのか。
今、赤ちゃんの実験をやっている。手足を動かした時、動いたという情報は、動く前に脳が先に認知している。手が動いて、動いた手とか皮膚や筋肉からの情報が脳にフィードバックして、動いたと感じているのだけれど、そうではなくて、手足が動く前に、前脳前野の所に反応がある。それが見つかった。
一方、赤ちゃんは脳のネットワークが出来上がる時期がある。ベータ波という波でとらえると10カ月から12カ月あたりにかけ、その電位が高くなる。それはネットワークと関係していると考えられる。10カ月というと、立ったり、言葉を言う時期と重なり、その中でネットワークが強化されていると思われる。
──それは幼児教育に活かせるものなのか。
活かせる。幼児のそういう時期に、本をたくさん読んで聞かせるといい。そうすると脳の回路がどんどん組みあがってくる。さらに反復して教えていくとシナプスが強化される。
逆にそういう時期を逃すと、ネットワークのつながりが悪くなる。ただテレビとか映像的なものだけ見ている場合には、ネットワークがあまり働かない。お母さんが本を読み聞かせていくと、文字通り「聞く耳を持った」子供として成長していく。それがIQが高くなっていく仕組みかなと思っている。
──東南アジアで山岳民族の伝承文学が失われつつある。テレビが山にも入っていって、祖父母が孫に昔話を聞かせようとしても、孫の方がテレビの方が面白いと言って、そうした話を嫌がる。そうしたテレビの電波が伝承文学を駆逐している現実がある。
歴史を見ると長年、口承による頭脳訓練がなされてきたというのが基本だ。ヒンズー教でも、口承によって一言も間違えないで経典を伝承してきた。それが何千年と続いた。それはキリスト教でもそうだ。口承によって脳の中で正確に記憶する。そういう意味で、人間の脳は急速に進化してきた。ヒンズーでも仏教でも、伝承する経典があって、それが脳を鍛える機能的側面があったということだ。
どう覚えるかというと、一行ずつ覚えていく。明日は昨日の一行と一緒に新しい一行を覚えていく方式で、それをどんどんつないで覚えていく。
そうすると間違いなく脳の中に刻み込まれる。だから百人一首でも4歳、5歳でひとつずつ覚えていく。そうすれば100ぐらいは覚えられる。インドの場合は100万字とかと桁違いですが。
それがテレビが入ることによって視覚的な面だけに頼るようになり、覚えることができなくなってきた。だから近代化によって、人間の脳が退化することもある。
──テレビやゲームなどの映像文化というのは、文明史的に大きな節目でもある。
そうだ。確かに世界的な出来事が映像として映し出すインパクトは大きなものがあるし、人類がそれを共有する意味も大きい。ただ人間が学習するとか、記憶するという意味ではデメリットをあるということだ。
視覚というのは映像が入ってくるが、言葉というのは聞いた時、脳の中で映像化するということがある。イメージするというのがそうだし、文学というのもそういうものだ。そういう意味で、「聞く耳を持つ」人になるためには、小さい時からの教育が重要となる。
ところが日本ではどうかというと、会話がない。お母さんがおっぱい飲ませている時は、携帯メールの時間。あるいはテレビを見ている。会話がほとんどない。赤ちゃんが母親と目線が合っても、(母親は)目線を合わせない。だから子供は、人間というのは目線を合わせないものというふうに認識してしまう。
だからテレビがついている時はおとなしく、消すと落ち着かない子になってしまう。人の話は聞けない。こういう子供が育っていく。これが日本の現状だ。
それから思考する力、物を考える力を養成しないといけない。日本の場合、脳に対する入力は一方的に入るが、出力がないという致命的な欠陥がある。自分の考えを主張させる、あるいは考えを書き出させる。インドの子供は何かあるとすぐ手を挙げて、自分の主張をどんどん述べる。言ったことに対して、脳の中で整理して、考えを述べる。そういう教育が徹底されている。
IT社会では、脳に入ってくる情報の80、90%は視覚情報と言われる。人間の五感をフル活動させていた時代と違って、いまはパソコンの普及で手書きがなくなり、携帯電話やメールによって対面なしのコミュニケーションが多くなった。
「キレる」とか「むかつく」という言葉に象徴されるように、最近の子供の自己抑制力やコミュニケーション能力の低下傾向が著しくなっている。テレビゲームが、視力低下という目に見えるものだけでなく、脳そのものに影響を与えている可能性がある。
2002年に『ゲーム脳の恐怖』という本を出した。これは当時、高齢者の認知症の研究ということで、脳波を使って、数値化できる脳波計の開発をしていた。それで認知症になっている人は、ベータ波がかなり低いということが分かった。その時、たまたま調べた学生の脳波が、認知症と同じ波動を示していた。その学生は、ゲームにはまっていたことから「ゲーム脳」という言葉が生まれた、という経緯がある。
ゲームで複数の子供が遊んでも、ほとんど会話がない。そして、非言語性のコミュニケーションだけで、ものを深く考えるとか、そういうことをやらなくなる。
「ゲーム脳」になると、昼間に居眠りをしたり、やる気が起こらない。しゃべらないし、笑わない。表情が欠落したままで無表情、忘れ物も激しい。ゲームだけは集中できるが、それ以外には集中力がない。ひどいのは、キレやすいといった問題もある。
不登校の問題でも小さい時、ゲームをやって学校に行かなくなったというケースが目立つ。小さい時からゲームやテレビ漬けで、前頭前野の発育発達阻害が起こってベータ波が低下しているのだ。
こうした細胞が復活すればいいのだが、大脳皮質の細胞というのは一生もので復活はしない。海馬などは1カ月に1回ぐらい細胞が復活するが、前頭前野というのは一生ものだから駄目になると一生、復活しない。
だから最近の子供たちは事件を起こしても、反省がない。それは、そもそも悪いという判断が起こらないからだ。悪い言い方をすれば、ライオンが犬をかみ殺しても、悪いとは思わないというのと同じだ。人間として最も大事な前頭前野が壊れて、悪いという思いがわいてこないようになってしまったのだ。
──昔にも凶悪犯罪はあったが、最近では無表情のまま殺人を犯したり、さらに肉親までも手にかけるといった終末的な現象が起こっている。
昔は人を殺して逃げ回っても、時効になって、私がやりましたと自首するケースがあった。ずっと悩んでいたからだ。
それが悩みも何もなく、ゲーム感覚の事件が起きるようになった。だから、そういうところから子供を守るため力を尽くしていかない限り、この国はだめになる。
──子供の遊びが変わってきた。男の子は缶けりや鬼ごっこ、女の子は縄飛びにおはじきといった昔ながらの遊びが、いつの間にか途絶えてきた。仲間が集まってもゲームを囲むといった、遊びの世界が矮小(わいしょう)化している問題があるが。
それを幼稚園児を使って調べたことがある。例えば、「赤あげて白あげないで……」といった旗あげ体操は、脳の活性化には抜群の効果が確認された。前頭前野で右をあげるか左をあげるか意思決定していくので、すごく働くのだ。片足だけで立つバランスゲームもいい。
お手玉を3個以上で連続的に集中して行うのも、前頭前野を含めた前頭葉の広領域が右手、左手と意思決定をしているので活性化されていい。特に幼児や小学生は、両親や友達と緑の自然の中で五感を刺激するような遊びを多く経験させるべきだ。
これらのことが豊かな人間形成や創造性を育むことに役立つと考えられる。
ゲームで遊ぶと、時間が早くたつというのは、反射機能ばかり使って、思考が起こらないからだ。むしろ思考が入って、ある程度時間が必要だというのは、前頭前野の活性化につながり、こういった要素を取り入れることが大事だと思う。
テレビゲームに熱中し過ぎる子供は、キレやすく、注意散漫で、創造性を養えないまま大人になってしまう懸念がある。
私たちは未来ある子供たちが、架空世界の虚像の空間に生きるよりも、自然の世界を大切にし、五感を働かせて伸び伸びと野山を走り回り、親子や友達との触れ合いを大切にするような教育について、考え直す必要がある。ゲームのボタンを通じた機械との対話でなく、直接人間同士が触れ合い、語り合うことが大事だ。
──インドの教育現場を見て、参考になることは?
日本ではゲームやコンピューターなど視覚情報に頼り過ぎて、聞くことが困難になりつつある中、インドの教育現場を見て、一番痛感したのは聞くことの大切さだった。
インドでは3歳、4歳になると幼稚園。5歳から小学生になる。私が感激したのは、子供たちが学校で先生の話を聞いていて、先生が「皆さん、分かりましたか」と言うと、「イエス、マダム」ときちっと返事している光景だった。
幼稚園では1クラスに先生が2人ついていた。先生の声は大きくパワフルだ。子供たちも、先生の話に意識を集中して聞く。しかし、幼稚園の授業で先生はよくしゃべりはするが、一方的ではない。一生懸命、語り掛けながら子供たちから答えを引き出そうとしていた。質問に対して子供たちがどのように考えているか、引き出していた。極端に言えば、脳から自分の考え、言いたいことを引き出す。そういった教育を徹底してやっているという印象を受けた。
日本人は基本的に頭の良い人種だと私は思っているが、小さい時からこういう教育をどんどんしていけば、子供たちはそれなりに優秀に育っていく。日本の今の教育は、言葉は悪いが「平和ぼけ」という思いがしてならない。
そして、インドは一人っ子政策ではないから、兄弟が何人もいるという家庭が多い。人口構成はピラミッド型で非常に底力がある。家庭に帰ると、子供たちは10人近い大家族の中で会話があり、成長していく。
日本の場合は、一人でこもってしまう子供が増えている。昔は、外で近所の子供たちと遊ぶことがあったが、今はゲームが主流になっている。
今、日本の生徒は、記憶する力が非常に劣ってきている。だから、言ったことが分からない。国語の本を読んでも何を書いてあるのか全く分からない。東大、京大に入るような大阪の有名高校の生徒のケースでは、英語、数学はかなりできても、中学校2年生レベルの国語を読んで何を書いてあるか分からないということがあった。
今、大学に入ったのはいいけど、先生の言っていることが全く分からなくて、単位が取れない生徒が増えている。
一方、インドの工科大学では、一つの問題に対して、一つの答えではだめだ。5通りくらいの答えを出さないと、いい点がもらえない。例えば、お湯を沸かして、沸騰した時、音が出る状態を、方程式を使って、五通りの答えを出せというような問題だ。五通りの答えを出すには、ものすごく考えないといけない。だから彼らは、ITの仕事について、トラブルが起きても、いろんな方向からアプローチして回避する能力がある。それに比べ、日本はマルバツ式だ。ああいう勉強では、学力が伸びない。やはり一つの現象に対していろんな方向から、分析する能力を持つことが大切となる。
国際幼児教育シンポジウム─インド幼児教育の現状― 日時:平成23年10月21日(金)、22日(土) 1日目:10月21日(金)13:00~17:45 2日目:10月22日(土) 9:30~17:50 場所:日本大学文理学部百周年記念館 東京都世田谷区桜上水3-25-40 主催:日本乳幼児発育発達研究会 参加費:1万円(2日間) 申込締め切り:10月8日(土) 連絡先:国際幼児教育シンポジウム 事務局 http://kodomoedu.com/
【プロフィール】もり あきお昭和22(1947)年、北海道生まれ。日本大学文理学部体育学科卒業、同大学大学院文学研究科修士課程修了(文学修士)。日本大学文理学部体育学科教授。著書に『「脳力」低下社会、ITとゲームは子どもに何をもたらすか』(PHP研究所)、『ゲーム脳の恐怖』(日本放送出版協会)、『元気な脳のつくりかた』(少年写真新聞社)、『ITに殺される子どもたち、蔓延するゲーム脳』(講談社)など多数。 インド南部チェンナイの中高一貫校の休み時間