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ブータン特集 ブータン国王初訪日

「龍となれ!」被災児童を激励

 わが国と外交関係樹立25周年を迎えたヒマラヤの王国ブータンのジグメ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク国王とジェツン・ペマ王妃が初来日した。国王があらゆる場で強調したのは、ブータンで活躍する日本人の草の根ボランティア精神だった。

 国賓として来日したワンチュク国王と王妃を歓迎するレセプションが11月17日に都内のホテルで行われた。政治家や外交官など約400人の拍手に迎えられた国王は、ゾンカ語で今上天皇、皇后両陛下、国民の安寧と繁栄を祈った後、「ブータンの国中を回ったが、どこに行っても日本人ボランティアが働いていて、教育や社会の発展に尽くしていた。日本人のみなさんを一人一人、抱きしめたい気持ちだ」と率直に述べ、「代わりに王妃を抱きしめる」と言ってマイクを離れて王妃を抱擁、会場を沸かせた。

picture 初めて訪日されたブータン王国のジグメ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク国王とジェツン・ペマ王妃

 ワンチュク国王は皇太子時代の最初の公務として日本青年海外協力隊関連の事業を担当している。また2006年、26歳でジグミ・シンゲ・ワンチュク前国王から王位を継承した後、数年間はインド以外の外遊を控え、国民との対話と国内情勢把握のため、国内各地を巡幸された経緯がある。

 この時、日本の青年海外協力隊が農業指導していたり、民間の草の根ボランティアグループが無償の奉仕活動をしている現場にしばしば遭遇して、隠れたところで黙々と働く縁の下の力持ちのような役を担っている日本人の貢献を熟知しているのがワンチュク国王でもあった。

 とりわけワンチュク国王は、野田佳彦首相に対し故西岡京治(けいじ)氏の農業振興指導を高く評価した上で、感謝の意と敬意を表明した。西岡氏は1964年に海外技術協力事業団(現・国際協力機構)のコロンボ計画の農業指導者として夫人とともにブータンに派遣された農業専門家で、92年に現地で亡くなるまで28年間にわたりブータンで農業指導にあたった。日本から導入した野菜の栽培と品種改良、荒地の開墾などブータンの農業振興に尽力した。西岡のやり方は、援助側の一方的な押し付けではなく、現地の実状に即した漸進的な方策であった。

 こうした西岡式プラグマティズムは、ブータン農業改善に確実な成果をもたらし、定着性においても他に例をみないほどの成功をおさめ、産業育成や国民の生活基盤改善に大きく寄与した。こうして ブータンの農業の発展に大きく貢献し、ブータン農業の父といわれた西岡氏は80年、ワンチュク前国王から「国の恩人」として、民間人に贈られる最高の爵位・ダショーを授かっている。現在までこの称号を授与された外国人はいないので、ダショーを所持する唯一の外国人だ。

 西岡氏は、帰国直前の92年に敗血症のためブータンで死去(59歳没)したが、ブータン王室と政府は西岡氏を国葬で弔い、遺体は現地に埋葬された。

 歓迎レセプションでは、17日のワンチュク国王の国会演説が話題になった。

 藤村修官房長官は「国王はブータンから同行している高僧と共に福島を訪問され祈りを捧げられることにお礼を申し上げる」と述べるとともに、「被災地への深い真摯な思いを吐露された国王の国会演説に、涙を流した議員が大勢いた」ことを証し、玄場光一郎外相も国連安保理事国入りを目指す日本を公式に支持表明してくれた国王の国会演説に深い感謝を述べた。

 感動の輪が大きく広がっていった国王演説の核心部分は以下の通りである。

 「3月の壊滅的な地震と津波のあと、ブータンの至るところで大勢のブータン人が寺院や僧院を訪れ、供養のための灯明を捧げた。私自身は押し寄せる津波のニュースをなすすべもなく見つめていた。

 そのときからずっと大災害から復興しなければならない日本国民に対する私の深い同情を、直接お伝えできる日を待ち望んできた。いかなる国の国民も決してこのような苦難を経験すべきではありません。しかし、仮にこのような不幸からより強く、より大きく立ち上がれる国があるとすれば、それは日本と日本国民です」

 またワンチュク国王は18日に、被災地の福島県相馬市の小学校を訪問し、児童たちに「君たちは龍の存在を信じますか。私は龍を見たことがあります。龍は一人ひとりの心のなかにいます。一人ひとりの龍を大切に育てて欲しい。龍は経験を食べて育つものです」と語りかけた。

 かねて東日本大震災の被災地を訪ねたいと切望していた国王は、どのように被災地の人々を励まそうかと考え抜いた上での言葉だったに違いない。

picture 「日本人のみなさんを一人一人、抱きしめたい気持ちだ」と述べた後、「代わりに王妃を抱きしめる」と言って王妃を抱擁したワンチュク国王

 自身が雷龍3世でもあるワンチュク国王は、ブータン国旗にも描かれている龍を引き合いに出した。「龍は経験を食べて育つ」というのは、大震災の悲惨な経験に心まで押し流されてしまうのではなく、それを自らの血肉として大きく飛翔する龍になれ、と激励したのだ。

 外交は、口先三寸でできるものではない。その言葉に誠実さと真心がなければ人の心を打つことはできないからだ。

 その意味でワンチュク国王は、最高の外交のありようを示した。国王の投げかけた言葉は、近代化の坂道を駆け抜ける中で、わが国が見失った宗教的霊性を目覚めさせるような仏教国家ブータンの底力を感じさせるメッセージだった。それは単に、国と国を結ぶプラグマティズム外交ではなく、わが国が失いかけている内的世界に命の息を吹き込むために送り込まれた使者のようでもあった。

 ブータンは外的に見れば人口も約70万人に過ぎないし、観光以外に有力な産業があるわけでもない。しかし、王妃だけでなく高僧を伴った国王訪日団の陣容からも分かる通り、ブータンは精神の大国だ。

 ブータンは、国力を測る外的尺度であるGDP(国内総生産)ではなく、内的なGNH(国民総幸福度)を国家の重要指標として設定していることはよく知られている。今回のワンチュク国王の訪日は、近代化を取り込みながらも、内的なまなざしを見失わないブータンの精神大国としての威信と尊厳の一端を垣間見た思いがした。


ワンチュク国王の国会演説全文

被災地へ供養の灯明

 天皇皇后両陛下、日本国民と皆さまに深い敬意を表しますとともに、このたび日本国国会で演説する機会を賜りましたことを謹んでお受けします。衆議院議長閣下、参議院議長閣下、内閣総理大臣閣下、国会議員の皆様、ご列席の皆様。世界史においてかくも傑出し、重要性を持つ機関である日本国国会のなかで、私は偉大なる叡智、経験および功績を持つ皆様の前に、ひとりの若者として立っております。皆様のお役に立てるようなことを私の口から多くを申しあげられるとは思いません。それどころか、この歴史的瞬間から多くを得ようとしているのは私のほうです。このことに対し、感謝いたします。

 妻ジェツンと私は、結婚のわずか1カ月後に日本にお招きいただき、ご厚情を賜りましたことに心から感謝申しあげます。ありがとうございます。これは両国間の長年の友情を支える皆さまの、寛大な精神の表れであり、特別のおもてなしであると認識しております。

 ご列席の皆様、演説を進める前に先代の国王ジグミ・シンゲ・ワンチュク陛下およびブータン政府およびブータン国民からの皆様への祈りと祝福の言葉をお伝えしなければなりません。ブータン国民は常に日本に強い愛着の心を持ち、何十年ものあいだ偉大な日本の成功を心情的に分かちあってまいりました。3月の壊滅的な地震と津波のあと、ブータンの至るところで大勢のブータン人が寺院や僧院を訪れ、日本国民になぐさめと支えを与えようと、供養のための灯明を捧げつつ、ささやかながらも心のこもった勤めを行うのを目にし、私は深く心を動かされました。

日本再起を確信

 私自身は押し寄せる津波のニュースをなすすべもなく見つめていたことをおぼえております。そのときからずっと、私は愛する人々を失くした家族の痛みと苦しみ、生活基盤を失った人々、人生が完全に変わってしまった若者たち、そして大災害から復興しなければならない日本国民に対する私の深い同情を、直接お伝えできる日を待ち望んでまいりました。いかなる国の国民も決してこのような苦難を経験すべきではありません。しかし、仮にこのような不幸からより強く、より大きく立ち上がれる国があるとすれば、それは日本と日本国民であります。私はそう確信しています。

 皆様が生活を再建し復興に向け歩まれるなかで、我々ブータン人は皆様とともにあります。我々の物質的支援はつましいものですが、我々の友情、連帯、思いやりは心からの真実味のあるものです。

 ご列席の皆様、我々ブータンに暮らす者は常に日本国民を親愛なる兄弟・姉妹であると考えてまいりました。両国民を結びつけるものは家族、誠実さ。そして名誉を守り個人の希望よりも地域社会や国家の望みを優先し、また自己よりも公益を高く位置づける強い気持ちなどであります。2011年は両国の国交樹立25周年にあたる特別な年であります。しかし、ブータン国民は常に、公式な関係を超えた特別な愛着を日本に対し抱いてまいりました。

リーダー国家

picture ホテルニューオータニで開催された歓迎レセプションで一人一人握手されるワンチュク国王とペマ王妃

 私は若き父とその世代の者が何十年も前から、日本がアジアを近代化に導くのを誇らしく見ていたのを知っています。すなわち日本は当時、開発途上地域であったアジアに自信と進むべき道の自覚をもたらし、以降日本のあとについて世界経済の最先端に躍り出た数々の国々に希望を与えてきました。日本は過去にも、そして現代もリーダーであり続けます。

 このグローバル化した世界において、日本は技術と革新の力、勤勉さと責任、強固な伝統的価値における模範であり、これまで以上にリーダーにふさわしいのです。世界は常に日本のことを大変な名誉と誇り、そして規律を重んじる国民、歴史に裏打ちされた誇り高き伝統を持つ国民、不屈の精神、断固たる決意、そして秀でることへ願望を持って何事にも取り組む国民。知行合一、兄弟愛や友人との揺るぎない強さと気丈さを併せ持つ国民であると認識してまいりました。これは神話ではなく現実であると謹んで申しあげたいと思います。それは近年の不幸な経済不況や、3月の自然災害への皆様の対応にも示されています。

逆境の克服

 皆様、日本および日本国民は素晴らしい資質を示されました。他の国であれば国家を打ち砕き、無秩序、大混乱、そして悲嘆をもたらしたであろう事態に、日本国民の皆様は最悪の状況下でさえ静かな尊厳、自信、規律、心の強さを持って対処されました。文化、伝統および価値にしっかりと根付いたこのような卓越した資質の組み合わせは、我々の現代の世界で見出すことはほぼ不可能です。すべての国がそうありたいと切望しますが、これは日本人特有の特性であり、不可分の要素です。

 このような価値観や資質が、昨日生まれたものではなく、何世紀もの歴史から生まれてきたものなのです。それは数年数十年で失われることはありません。そうした力を備えた日本には、非常に素晴らしい未来が待っていることでしょう。この力を通じて日本はあらゆる逆境から繰り返し立ち直り、世界で最も成功した国のひとつとして地位を築いてきました。さらに注目に値すべきは、日本がためらうことなく世界中の人々と自国の成功を常に分かち合ってきたということです。

 ご列席の皆様。私はすべてのブータン人に代わり心からいまお話をしています。私は専門家でも学者でもなく、日本に深い親愛の情を抱くごく普通の人間に過ぎません。その私が申しあげたいのは世界は日本から大きな恩恵を受けるであろうということです。卓越性や技術革新がなんたるかを体現する日本。偉大な決断と業績を成し遂げつつも、静かな尊厳と謙虚さとを兼ね備えた日本国民。他の国々の模範となるこの国から、世界は大きな恩恵を受けるでしょう。日本がアジアと世界を導き、また世界情勢における日本の存在が、日本国民の偉大な業績と歴史を反映するにつけ、ブータンは皆様を応援し支持してまいります。ブータンは国連安全保障理事会の議席拡大の必要性だけでなく、日本がそのなかで主導的な役割を果たさなければならないと確認しております。

調和の精神

 日本はブータンの全面的な約束と支持を得ております。ご列席の皆様、ブータンは人口約70万人の小さなヒマラヤの国です。国の魅力的な外形的特徴と、豊かで人の心をとらえて離さない歴史が、ブータン人の人格や性質を形作っています。ブータンは美しい国であり、面積が小さいながらも国土全体に拡がるさまざまな異なる地形に数々の寺院、僧院、城砦が点在し何世代ものブータン人の精神性を反映しています。手付かずの自然が残されており、我々の文化と伝統は今も強靭に活気を保っています。ブータン人は何世紀も続けてきたように人々のあいだに深い調和の精神を持ち、質素で謙虚な生活を続けています。

 今日のめまぐるしく変化する世界において、国民が何よりも調和を重んじる社会、若者が優れた才能、勇気や品位を持ち先祖の価値観によって導かれる社会。そうした思いやりのある社会で生きている我々のあり方を、私は最も誇りに思います。我が国は有能な若きブータン人の手のなかに委ねられています。我々は歴史ある価値観を持つ若々しい現代的な国民です。小さな美しい国ではありますが、強い国でもあります。それゆえブータンの成長と開発における日本の役割は大変特別なものです。我々が独自の願望を満たすべく努力するなかで、日本からは貴重な援助や支援だけでなく力強い励ましをいただいてきました。ブータン国民の寛大さ、両国民のあいだを結ぶより次元の高い大きな自然の絆。言葉には言い表せない非常に深い精神的な絆によってブータンは常に日本の友人であり続けます。

 日本はかねてよりブータンの最も重大な開発パートナーのひとつです。それゆえに日本政府、およびブータンで暮らし、我々とともに働いてきてくれた日本人の方々の、ブータン国民へのゆるぎない支援と善意に対し、感謝の意を伝えることができて大変嬉しく思います。私はここに、両国民のあいだの絆をより強め深めるために不断の努力を行うことを誓います。

 改めてここで、ブータン国民からの祈りと祝福をお伝えします。ご列席の皆様。簡単ではありますがゾンカ語、国の言葉でお話したいと思います。

 「(ゾンカ語での祈り)」

 ご列席の皆様。いま私は祈りを捧げました。小さな祈りですけれど、日本そして日本国民が常に平和と安定、調和を経験し、そしてこれからも繁栄を享受されますようにという祈りです。ありがとうございました。

ジグメ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク・ブータン国王陛下
 1980年2月21日、ティンプー生まれ。31歳。学歴はヤンチェンプ高校、クシング・アカデミー(米国マサチューセッツ州)、ウィートン・カレッジ(米国マサチューセッツ州)、オックスフォード大学モードリン・カレッジ(英国)、同大学政治国際関係学部(職業プログラム) 、ハーバード大学行政大学院(ガバナンスのイノベーション)、インド国防大学。2006年12月に第4代国王陛下(当時51歳)より王位継承。2008年11月、戴冠式。趣味は絵画、写真撮影、読書、スポーツ。

ジェツン・ペマ・ワンチュク・ブータン王妃
 1990年6月4日、ティンプー生まれ。21歳。学歴はチャンガンカ中学校(ティンプー市)、聖ジョゼフ修道院付属校(インド西ベンガル州カリンポン市)、ルンテンザンパ高校(ティンプー市)、ローレンス高校(インド・ヒマーチャル・プラデーシュ州サナワール市)、リージェンツ大学(英国)(国際関係論専攻)。趣味は美術・絵画、バスケットボール。ルンテンザンパ高校時代は、バスケットボール・チームのキャプテンを務めた。


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