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安倍政権、経済優先を盾に 「改憲・防衛棚上げ」を画策

超党派「日米議員懇談会」立ち上げへ

元自民党参議院議員会長 村上正邦氏インタビュー

 自民の圧勝だった先の参院選は「野党の敵失だった」と言い、「オール野党を仕切るリーダー不在」を嘆いた。その野党再編には「国益主義や国家観なき野党再編など夢のまた夢だ」と語る。ともあれ自民党政権は、次の総選挙まで「黄金の3年間」が続く。だが「経済で国民を釣って長期政権を狙い、改憲や防衛、国家観を棚上げする政治問題サボタージュは許されない」と警鐘を鳴らす。永田町の長老である元自民党参議院議員会長の村上正邦氏に、参院選の総括と自公政権の課題を聞いた。
(聞き手=池永達夫)


──参議院選挙は、自民党が圧勝、公明党も、手堅く議席を確保しました。自民と公明の新議席76議席を非改選の59議席に加えると135議席となり、参議院の全議席242の過半数を上回ります。自民が大勝した最大の理由は?

 民主党が国民に見限られたのに加えて、野党が共同戦線を組めなかった。批判勢力が壊滅状態では、自民独走は当然のなりゆきで、投票率が低かったのは、一票を投じるべき野党がなかったからでしょう。

──野党の体たらくが自民の独走を許したわけですね。今回の参院選は、はじめから、自公対オール野党という構図ができていました。野党連合を組まなければ、自公の過半数を阻止できない。ところが、オール野党を仕切るリーダーが出てこなかった。オール野党どころか、野党各党が、内輪もめに明け暮れて、野党としての存在感を失った。

──オール野党をリードするリーダーというのは?

 亀井静香や小沢一郎、渡辺喜美、石原慎太郎や橋下徹、鈴木宗男ら実力者や実績のある仕事師が一堂に会して、野党候補者の一本化などについて話し合っていたら、風向きはずいぶん違ったものになっていたでしょう。

──亀井さんと小沢さんは、ともに実力者ですが、今回の選挙では、大きなダメージをうけました。

 亀井さんにとって、今回の参院選は、一つの区切りになると思う。亀井さんは、もともと一匹狼で、義理と人情の腕の立つ素浪人という趣がある。経済や税制、社会保障、検察司法に高い見識をもつ政策マンですが、不器用で、愚直。そこが、亀井さんの生かしどころで、今後、亀井さんの個人的能力を生かす方向で、可能性が開けてくるはずです。

──小沢さんはどうですか。

 危機感はあったでしょうが、まさか、ゼロ議席とは思っていなかったでしょう。

 ただ小沢信仰には、根強いものがあり、本人も、それを心得ている。小沢の潜在的なパワーを生かすには、驕りを捨てて、無我、無欲になることです。小沢さんが、政治家として再出発する気があるなら、国民や支持者に、身を捨ててかかる無私の姿を見せなければなりません。─放下(ほうげ)して無一物からの出発ができるかにかかっている。

──野党再編の要は何でしょう。

 野党がばらばらだったのは、国益という共通項がなかったからです。国益という大戦略のもとで手を結んで、党の方針という戦術を個別に調整する。その仕分けができなかったから、民主党や小沢の生活の党が野党連合の主導権を握れなかったばかりか、壊滅状態になった。一方、共産党が票を伸ばしたのは、反自民票が行く先を失って流れただけの話です。

 旧与党が、中国や韓国に媚を売って、国家や国民を敵に回しては、野党としても落第で、国益主義や国家観なき野党再編など夢のまた夢です。

 当面は、自公連立の大政翼賛会の体制を打破するために、手を取り合うことが必要で、故ケネディ大統領は、政策より姿勢を優先するといっています。

──国益重視の野党の登場が望まれますね。

野党が健全にならなければ、与党も、健全たりえません。与党、権力に自浄作用や自制力が働くのは、野党、反権力からの厳しい監視の目があるからです。野党が自堕落になれば、与党は、それ以上に腐ります。

 与党が腐れば、国が腐る。野党がしっかりしなければ、国家が危うくなるのです。

──安倍首相は、選挙の大勢判明後に「決める政治、安定的な政治で、経済政策を前に進めていけという大きな声をいただいた」と語りましたね。

 安倍さんへの期待は、尖閣防衛、憲法改正、靖国参拝、拉致問題の解決、戦後レジュームの解消といった右バネの利いた政治向きのもので、民主党政権下でおさえつけられてきた国家観念を大きく打ち出したところに特長がありました。

 ところが、安倍さんは、アベノミクスなど経済向きのことばかり打ち上げて、保守層の期待を裏切っている。安倍さんが政治課題を避けて、経済政策を強調するのは、長期政権を望んでいるからでしょう。

 憲法改正など、重大な政治課題は、内閣の寿命と引き換えになるリスクがありますからね。

 しかし、日本をとりまく国際環境も国内状況も、経済政策だけで乗り切れるほど甘くはありませんよ。

──対外的には、中・韓との関係が険悪化しています。

 安倍・麻生ラインの「繁栄と自由の弧」戦略も、膨張する中国パワーに、いかほどの効力があるか、疑問なしとはしません。それどころか、外交的無策のままでは尖閣諸島や竹島、従軍慰安婦問題などで、中国や韓国から譲歩を求められ、安倍内閣が、窮地に追い込まれる事態も懸念されます。

 安倍さんは、第一次安倍内閣で、小沢さんに党首会談を蹴られて退陣しましたが、尖閣棚上げを条件にしている中国の習近平国家主席との首脳会議の実現が難航するようであれば、前回の二の舞が懸念されます。

──政治路線をとった場合、自公連立の矛盾が噴出してくるでしょう。

 憲法改正や靖国問題、対米・対中外交など、政策や価値観、国家観が異なる自公連立は、実質的には選挙協力にほかなりません。

 したがって、今後3年間、選挙が行われない無風状態のなかで、公明党との連立は自民党に利点がないどころか、安倍の右バネが公明党の左バネによって相殺される弊害だけが残ることになります。

──公明党は、集団的自衛権の行使に反対で、憲法改正にも消極的です。自民党が、公明党を切って、維新の会と組む可能性はありますか。

 公明党にも、改憲派がいますが、所詮、創価学会の政党で、自民党とはめざすところが違います。

 安倍さんが、憲法改正など政治路線に突き進むなら、維新と組むことになるでしょうが、その場合、長期政権というわけにはゆきません。

 修羅場をくぐる重大な政治課題にはリスクがあり、維新も分党、分裂の危機に瀕しています。

 安倍さんが、長期政権を望めば、安全で安定的な経済路線をとることになるでしょうが、その場合、自公連立が継承されます。ということは、安倍さんが、長期政権を最優先した場合、政権パートナーである公明党の賛成を得られないという理由を立てて、憲法改正などの政治路線を放棄する可能性があるということです。

──報道によると、村上先生は、老人党をつくるお考えがあるとか。

 今ほど、議席の無い吾身が不憫でならない。

 わたしのすきなことばに「─老驥(ろうき)─櫪に伏すとも、志は千里に在り」という漢詩があります。曹操の作で、老いて、身はうまやにあろうと、いざというときは千里を走る志があるという意味です。

 老人党といっても、老人のための党ではありません。老人が、若い人の利益代表になり、若者を育てる。それが老人の義務で、その世代間の交流が歴史をつくりあげてゆく。日本社会はもともと、長老の智恵と若者のエネルギーが一体化したダイナミックな構造を持っていたのです。

 ところが、高齢化社会がいわれる現在は、世代間の断絶ばかりが強調され、年寄りを無視し、若者が孤立する風潮がはびこっています。その世相を変えたいという思いから、議員OBらに声をかけたわけです。

──一方で、日米若手議員勉強会を発足させましたね。

 米民主党チャールズ・ランゲル下院議員の提案をうけて、日米の若手議員の勉強会を準備中です。8月初旬に、日本側の第2回目の懇談会をもち、9月中に日本側代表が渡米、年内には米側代表が来日します。

──テーマは、東アジアの平和と安全の基軸となっている日米関係の強化ですね。

 日米の議員が、率直に話し合える場をつくることが大事で、ハートとハートの交流ができれば、どんな問題も、自ずと解決へ向かいます。

 外交の基本は人脈です。外務省の事務方外交から、国会議員による人脈と友情を礎にした外交へ切り替えなければ、日本は世界から立ち遅れ、国際的に孤立することになります。

──参院改革が停滞しています。参院はどうあるべきかという根本的テーマが問われていませんね。

 参院の問題点は、機能や議員の選出方法に衆院と差異がなく、とりわけ、衆院の〝落ち穂拾い〟になっているところにあるといってよいでしょう。

 政治権力には、欲や恨み、嫉妬という人間の業が働きますから、ときには戦(いくさ)という殺し合いにまで発展します。衆院が、政権を争う戦場なら、参院は、戦場を離れた熟議と見識の府で、参院に求められるのは、権力闘争の場となる衆院をチェックする、良識の府としての権威です。

──ねじれ国会にからめた「参議院不要論」も聞こえてきます。

 それは、与野党の紛糾にからめて、野党不要を唱えるに等しい暴論です。参院不要論は、衆院のカーボンコピーと化した参院なら不要というたとえで、政党の党議拘束や党利党略、派閥力学が持ち込まれては、たしかに参議院の存在理由が失われます。

 与野党逆転のねじれは、衆参の機能が同一という仮定に立っていますが、権力の府と良識の府では、視点や価値基準が異なるので、本来、ねじれていて、さしつかえないのです。

 これを障害や有害と見るのは、参院に与野党という政争の論理を持ち込んだ政治家の不見識で、参議院は、自分で自分の首を絞めている自殺行為で、小泉郵政解散を許したのはその一例です。

──これまで、参院改革が進まなかった理由は?

 改革のメニューは大体、出揃っています。

 選挙改革と同じで、政治家にとって身を切る部分が小さくないのと、どんな悪い制度でも、内部に、その制度の恩恵をうけている当事者がいるからです。

 そこで、わたしは、議員以外の人々で構成される第三機関をつくり、そこに権限を委譲して、果敢に、大胆に、勇気をもって、改革を進めていただきたいと思っています。

──参議院改革の最大のポイントは?抜本的改革には、憲法改正が必要なのはいうまでもありません。政権を担う衆議院と、良識の府である参議院の違いを制度化することです。

 衆参の任期が異なるのは、衆院が政権や政局などを相手にするの対して、参院が教育や安全保障、外交などの長期計画、国のかたちや国の柱などについて議論するからです。

 参議院の立候補者も、本来、各分野の専門家や経験者など、衆議院の立候補者と異なっているべきで、参院から政党の幹部や行政府に閣僚または副大臣、政務官は出さないと内規で禁じるべきです。

 参院の任期は改選なしの6年として、在任中、議員は党籍を離脱すべきで、党議拘束などもってのほかです。

 川の流れでいえば、参院は、風雨の影響をうける上層や中層ではなく、久遠に変わらぬ底流にあって、不浄を清め、みそぎを行う下層の底筒男命(そこつつのおのみこと)のようなもので、政局や権力ときっぱり切り離されていなければなりません。

──日本の政治は、解散総選挙が行われないかぎり、次の衆院選挙が行われる2016年まで、無風状態が続きます。

 その間、経済で国民を釣って、改憲や防衛、なかんずく国家観を棚上げするサボタージュは許されません。安倍さんは、歴史解釈を後世に委ねるなどと言っているようですが、歴史解釈権は主権に含まれるもので、歴史は政治家によってつくられるのです。

 政治そのものが、歴史なのです。

 合掌。

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