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第二次安倍改造内閣スタート

ポスト新設、女性重視

長期狙うも危うさはらむ

 第2次安倍改造内閣が9月3日にスタートした。安倍晋三首相は「実行実現内閣」と命名し、経済を最優先に位置付けるとともに、「地方創生」と「女性が活躍できる社会」の実現に全力で取り組む考えを示した。ただ、一方で長期政権を狙った内閣改造・自民党役員人事であることが明らかであり、ポスト安倍をうかがう石破茂・前幹事長らを甘言で閣内に取り込むなどしたことで、当面は「支える」動きはしていても、徐々に遠心力が働き出し政権を揺るがすことになりかねない。首相の掲げる経済成長戦略・アベノミクスにも黄信号が出ている。新内閣は「重厚布陣」といった好評価とは裏腹に危うさをはらむ船出となった。


アベノミクスに黄信号

 「今回の内閣改造、党役員人事は安倍さんが長期政権を視野に入れて練りに練った人事だ」と自民党中堅は語った。

 改造内閣の特徴は、18閣僚のうち12人が交代する大幅改造だ。女性を5人起用し、2010年の小泉純一郎政権発足時と並んで最多となった。しかも「女性活躍相」を新設し、「女性ならではの目線で新風を巻き起こしてもらいたい」と首相は強調した。他にも、「地方創生相」、「安全保障法制相」、「沖縄基地負担軽減担当」などを新設し、現在の日本が直面する諸課題に対処していくことをアピールした。

 その一方で、官房長官はじめ財務、外務、文部科学などの主要閣僚が留任となったため、内閣の骨格は残り政権の安定感は維持された。首相は「引き続き経済最優先でデフレからの脱却を目指す」と述べるとともに、積極的平和主義外交や教育改革を推進していく意向を示した。

 また、党人事では、前内閣で法相のポストを務め野党時代に総裁だった谷垣禎一氏を幹事長に起用する異例の人事を行った。かつて保守本流の吉田自由党の流れをくむ宏池会谷垣派を率いたハト派の谷垣氏を中心として、衆院当選3回と若手ながら保守派論客の稲田朋美政調会長(前行政改革担当相)と、ベテランの二階俊博総務会長(衆院予算委員長)が「安倍首相の下に結束」していく形である。

 党内からは「重厚なサプライズもあった。多士済々、極めて能力の高い布陣だ」(高村正彦副総裁)などの評価も聞かれ、首相も谷垣幹事長の起用について「厳しい野党時代に自民党をまとめ、政権交代に道筋をつけた手腕に期待している」と持ち上げた。ポスト安倍としてのし上がってきた石破氏を地方創生相として閣内に〝閉じ込めた〟ことについても「農政のプロとして地方の実態に通じ、何よりも経験豊富で実行力が高い。石破氏は地方から信頼されている。前幹事長として各省庁をまとめ上げ、党を説得する力もある」と歯の浮くような賛辞を連発した。

 だが、今回の一連の人事を俯瞰すると、安倍首相の長期政権を目指す野心と戦術が浮かび上がってくる。

 第一は、来年9月の総裁選に勝利するための石破幹事長外しだ。幹事長は、事実上、党の最高権力ポストで、先の総裁選で決選投票にまでもつれ込み危うく敗北しそうになった強敵石破氏をとりあえずは幹事長に起用し最大級の処遇をして党と政府が共同歩調をとれる態勢を築いた。ところが、衆院選のみならず、参院選でも大勝に導き、来年の統一地方選でも勝利すれば、間違いなく次の総裁選では最強の対抗馬となり負ける可能性も出てくる。

 そのための石破外しをいかにスムーズに行うか。しかも、恨みを抱いて野に放てば挙党態勢を構築できず、ガタガタになれば政権支持率が低落することは必至だ。そこで閣内に地方創生という新たなポストをつくった。「『そこで地方を回って力をつけてください。次(の首相)はあなただ』という菅(官房長官)さんの殺し文句に石破さんが乗ってしまった」(政界関係者)というのだ。

 8月27日に官邸で長々と行われた安倍・石破会談直後に記者会見した石破氏の顔は満面の笑みだった。確かに〝何か〟を約束されたような喜びに溢れていた。数日前まで「幹事長を続けたい」と公然と語っていたのが、閣内に入って「全力で首相を支える」と正反対の態度に変わってしまったのだ。

 ところが、その石破氏の心に疑念の暗雲が漂い始めたのが、翌9月3日の谷垣幹事長人事が発表されてからだ。谷垣氏といえば、野党時代、谷垣総裁と大げんかをし、政調会長を辞めさせられている憎き相手だ。それをわざわざ自分が座っていたポストに付けて党に口出しができないようにした。しかも、首相は会見で谷垣氏について「地方組織からも信頼されている」人物として紹介した。内閣改造の結果をみても、石破氏を支持する議員でつくる「無派閥連絡会」からの起用もなかった。

 「3日の党役員の交代式や初閣議での石破さんの終始苦虫をかみつぶしたような落ち着かない表情が印象的だった」(自民党幹部)というように、石破氏は安倍首相の術中にまんまとはまってしまったのである。当面は「首相を支える」仕草は続けるだろうが、時間の問題で衝突する場面が出てこよう。なにしろ、地方を元気にする政策を生み出すといっても何ができるのか。ふるさと納税など税にかかわるアイデアがあっても、麻生太郎財務相と話し会わねばならない。縦割り組織になっている諸官庁に〝横串〟を入れても官僚は相手にしないだろう。そうなれば何もできない石破氏の不満は募る。その封じ込めが首相の狙いなのだろうが、逆に不満が爆発して騒動のもとにもなりかねない。

 長期政権を目論む第二の戦術は、谷垣幹事長の起用に成功したことだ。これは首相にとっていくつもの大きな意味がある。谷垣氏本人が驚いていた人事だ。3日の会見で「数日前に首相から打診され、2日夜に決めた」と語りギリギリの決断だったと明らかにした。これに関して首相は「党総裁経験者にお願いすることは異例だが、厳しい野党時代の党をまとめあげ、政権交代に道筋をつけた手腕に期待している」と述べたが、起用の最大の理由は消費増税対策である。

 首相が「経済最優先でデフレからの脱却を目指し、成長戦略の実行に全力を尽くす」ことを強調したように、経済再生が安倍政権の生命線である。ところが、アベノミクスの「3本の矢」のうち2本は効果があり、「円安・株高」の回復局面に入ったものの次の成長戦略の成果が見通せないのが現状だ。

 4月の消費税率引き上げ後の4―6月期の実質GDP(国内総生産)は前期比年率換算で6・8%減となり、景気は想定以上に落ち込んだ。この夏は台風などによる自然災害の影響で個人消費などの回復は鈍く、首相が消費税10%への再増税に踏み切るか否かの判断をするという7―9月期のGDPの数値が予想を下回る可能性を否定できない。増税先送りとなると海外投資家の「日本株売り」というリスクもあるが、ムリヤリ増税に踏み切れば国内経済はガタガタになることも想定される。

 そこで、首相にとって頼みになるのが谷垣氏なのだ。「谷垣さんは財務相経験者で消費増税を強く主張する。民主党の野田(元首相)さんらと自民、公明、民主の3党合意をした張本人で、安倍さんがもし増税を一定期間先送りしたいとの思いに至れば、反対論を抑えその方向で説得してくれる最も良き援軍となる。会見で首相の経済政策に協力していくと述べたが、そのことは安倍さんとの個人会談で合意した」(政界関係者)とみられる。つまり、アベノミクスがつまずいても、その被害の波及を最小限に抑えてくれる頼もしい存在なのだ。

 また、中国との幅広い人脈があることも首相にとって好都合だ。11月に中国で開催されるアジア太平洋経済協力会議(APEC)での日中首脳会談は開催の流れだが、その前に党間交流で道を整え親中派の二階総務会長、日中友好議員連盟会長の高村正彦副総裁とともに行き詰った対中関係を修復してくれることが期待できる。

 加えて戦時中の慰安婦強制連行はなかったとし、それを認めた河野談話を書き換え新たな談話を出すことを主張している稲田政調会長を押さえ込む意味合いもある。稲田氏の声がいくら大きくても力量がなければ政策は実現できない。谷垣幹事長が宏池会の元ボスだった河野洋平氏を国会に喚問することに賛成することはあるまい。首相の持論では稲田氏に同調するが、中国や韓国との関係修復を念頭に置けば談話をめぐりこれ以上の深入りは避けたいものとみられる。

 さらに、谷垣人事による効果は、石破氏と同様、ポスト安倍をうかがい次期総裁選で新たな対抗馬になる可能性のある岸田文雄外相の成長の芽を摘み取ることができることだ。安倍首相の忠実なイエスマンとして世界各国を回り、積極的平和主義外交を展開しているが全く目立たない。それよりも首相の外遊での成果を後ろから拍手しているのが岸田氏だ。ただ現在は宏池会を率いる岸田派の領袖であり、やがては総裁選で御輿に担がれる存在である。

 しかし、その岸田氏の先輩として宏池会を率いたのが谷垣氏だ。岸田氏は谷垣氏には頭が上がらない。それ故、谷垣氏が重石としてのしかかっていれば岸田氏は動けず、次の総裁選での立候補はなくなるのだ。

 こうみてくると、長期を目指す首相の意図が分かってくる。だが、それだけに大きな落とし穴を自らつくっているようにも見える。最大の問題点は、長期を狙うことを優先した無理な人事をすることで逆に恨みを買い、肝心の国民本位の政策が疎かになり内閣支持率を下げてしまう可能性があることだ。「長期」は結果であって、何よりも必要なことは国会で丁寧かつ謙虚な説得作業を積み重ねながら重要政策を推し進めていくこと。そして、ポスト安倍の人材を積極的に育てることだ。

 今回の人事は、それとは正反対で、対抗馬を強力なポストから外すために甘言を弄して閣内に取り込んだ。また、別の成長株にはその親分を連れてきて芽を摘んでしまう。かつての郵政民営化反対派にことごとく対抗馬を立てて落選させようとした小泉純一郎元首相ほどではないが、冷徹さを感じさせる。

 前出の自民党幹部は「内閣支持率が50%程度もあったのになぜ内閣改造だったのか。ガス抜き人事はあるにしても党の要の幹事長を変えてまで断行した背景には、側近に耳を貸す安倍さんの狭量さもあるのだろう」と指摘する。

 いずれにせよ第2次改造内閣はスタートした。首相の前途には、経済再生、中韓との外交関係修復、北朝鮮による拉致被害者の全員帰還、教育改革、少子化対策など解決すべき課題が山積している。

 安倍首相が「日本の将来を見据えながら、有言実行、政策実現にまい進する。実行実現内閣として、引き続き国民の負託に応えていく覚悟だ」と決意表明したごとく、国政に全力を挙げ答えを出していかねばならない。その実績が国民から認められれば、自ずと「長期政権」の展望は開けてくるはずだ。

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