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安保関連法案成立へ

維新の対案提出で確実に 民主内保守が巻き返しも

 政府の安全保障関連法案に対する衆議院での与野党論戦が終盤を迎えた段階の7月8日に、維新の党が対案となる「平和安全整備法案」と「国際平和協力支援法案」を国会に提出した。対案を提出した以上、維新の議員も採決に出席する可能性が大きくなったと言える。今後の政府と維新の修正協議の積み上げにより、自民、公明による与党単独による強行採決を避ける形での政府案の成立が見通せる状況になった。一方で、維新は武力攻撃に至らないグレーゾーン事態に対処する「領域警備法案」をも民主党と共同提出した。民主党が安全保障にかかわる法案を提出したことで、政府案に「反対ありき」の姿勢を貫いてきた同党内の力関係が、枝野幸男幹事長ら左派から同法案の作成に関与してきた非主流の保守派へと変わる可能性が出てきた。


 7月8日の午後6時半頃の公邸。久しぶりに安倍晋三首相を囲んで高村正彦自民党副総裁、北川一雄公明党副代表ら「安全保障法制整備に関する与党協議会」のメンバーと菅義偉官房長官、中谷元・防衛相が会食した。これまでの慰労と今後の採決日程をどうするかなどについて話が弾んだ模様だ。

 何しろ、維新の党が政府の安全保障関連法案に対する対案を国会に提出したことで、自民、公明が他党の反対を一切無視して強行採決に踏み切るという形を避けられる可能性が大きくなったからだ。政府とすれば、与党と維新との修正協議が破綻すればするで構わない。自民、公明が政府案に賛成し、維新が反対して自党案に賛成すればいいからだ。修正協議で双方が折り合えれば折り合えるでいい。

 いずれにせよ衆参両院で過半数を占めている自民、公明両党が採決日程のフリーハンドを得られることになったのだ。

 中谷防衛相が8日の衆院平和安全法制特別委員会で「安全保障には政党の垣根はなく、超党派の部分もある。良き案に与党も野党もない。提案に敬意を表し、委員会の場で議論を続けたい」ともろ手を挙げて喜ぶ姿にも、法案成立に「勝負あり」という余裕がにじみ出ていた。

 もともと政府・与党は、維新から対案が出てこなくても7月12日の週には衆院での採決に踏み切る考えだった。菅官房長官は「いつまでもだらだら続けるのではなく、決めるときは決めるのが一つの責任だ」と語っていたし、公明党の山口那津男代表も「そろそろというのが相場観だ」と述べていたからだ。それが6月14日の安倍首相と橋下徹維新最高顧問との3時間に及ぶ会談を機に流れが変わり、維新が対案提出に踏み切ったことから「慎重に対応していく」(政府筋)との姿勢になった、とみられる。

 しかし、維新の狙いは「十分な審議を」と求めているが、採決の日程を引き延ばそうとしているのも明らかだ。「参院で議決されなくても衆院で再可決が可能となる『60日ルール』が適用可能な期限は7月24日だ。それ以降まで衆院での採決を引っ張っていこうとしている」(自民党幹部)というのが戦略である。政府案の成立は確実だが、維新が「健闘した」という姿を国民に示したいのだ。

 「国民の立場からすれば、党利党略ではなく少しでも早く安全への抑止力確保を求めているはずだ。日本を取り巻く安全保障情勢は緊迫化しているのだから」と先の自民党幹部は強調する。だが、法案の中身を具体的に詰めていくと隔たりは大きい。

 主な相違点は3つある。

 第一に、「自衛権行使に関する要件」(武力行使の要件のこと)である。政府案は「存立危機事態」として「日本と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、日本の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」としている。それに対して維新案は「武力攻撃危機事態」として「条約に基づき日本周辺地域で日本防衛のために活動している外国軍隊に対する武力攻撃が発生し、日本に対する外部からの武力攻撃が発生する明白な危険があると認められる事態」と規定している。

 つまり、維新案では防衛発動の対象国を、条約を結んでいる国である米国に限定しているのだが、政府案は「密接な関係にある他国」に対して武力行使が可能か否かを日本が主体的に判断できるとし、米国限定には否定的だからだ。

 また、集団的自衛権の行使を認めている点では一致しているが、維新が「日本の武力攻撃が発生する明白な危険がある」と認められる事態に限定しているのに対して、政府案は「日本の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」としている。安倍首相が集団的自衛権の例として挙げる中東・ホルムズ海峡での機雷掃海については「経済的要因で武力の行使をするのは行き過ぎだ」(柿沢未途・維新幹事長)として認めていない。これらの隔たりを埋めるのはかなり困難な作業となる。

 第二に、周辺事態についてだ。政府案は、地理的制約を撤廃し、米軍以外も支援するとしている。維新案は「現行の周辺事態法を維持する」としている。これについても政府側から「維新案は地理的に限定して歯止めを掛け過ぎている」との指摘が出ている。

 第三は、国際平和協力支援活動だ。政府案は「現に戦闘行為が行われている現場以外」に拡大したことで、国会論戦で野党側から「自衛隊員のリスクが高まる」と追及された。そのためか維新案は「非戦闘地域」に限定するとしている。

 しかし、支援対象となる他国の軍隊が戦っている現場では後方支援をしないのであり、戦争に巻き込まれることはない。安倍首相が「私たちがつくる法律は恒久法なので、平素から各国とも連携した情報収集や教育訓練が可能だ。実際は、リスクは下がっていく」(インターネット番組)と語るように、自衛隊は訓練、装備、情報を兼ね備えたプロ集団なのだ。「私は、我が国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し、(中略)事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め、もつて国民の負託にこたえることを誓います」との服務宣誓をした「国の防人(さきもり)」としての覚悟も自衛官にはある。このへんの認識にも隔たりがあるようだ。

 9日には自民・高村副総裁、公明・北側副代表、維新・柿沢幹事長らによる初の修正協議が行われた。しかし、自衛権の定義について双方が主張を述べ合った程度で終わり、今後も協議を続けることだけが確認された。高村氏は協議後、「(両案には)画然とした差があるから、埋めるのは大変だ」と語り、政府案の修正には否定的な見方を示した。

 唯一、「グレーゾーン事態への対応」に関してのみ、歩み寄りの可能性がごくわずか残されている、と言える。政府案は、自衛隊出動の手続きについては法整備をせずに運用改善により対応するというもの。それに対して維新案は「領域警備法」を制定して対応するとしている。これについては民主党と8日に「領域警備法案」を共同提出した。自民党の谷垣禎一幹事長は「柔軟に対応しなければいけないが、全部は対応しきれない」と語り、採決への環境整備を図る考えを示しているように、時間との勝負であることは間違いない。

 ただ、この法案については、昨年の与党協議で検討したことがあり、結果は先送りとなった。9日の維新との協議で、北側副代表は同法案に否定的な見方を示唆。首相も「現時点では不要」と答弁したが、この共同作業を進める中で歩み寄りの可能性が模索できるとともに、野党再編への流れが生まれてくる可能性がある、と自民党中堅は観測する。「まずは、自民、公明と維新との作業になるが、煮詰まってくれば共同提出している民主党も話し合いに入るのは当然のことになる。そうなると民主党からはこの法案提出とかかわりの強い細野剛志政調会長が表に出てくることになろう。つまり、安保法制マターの主導権が左派から右派へと移ることになる」(同)というわけだ。

 自民、公明が修正協議で維新を取り込み、民主党の右派をも巻き込むシナリオが進めば、野党再編への流れが生じてくる可能性がある、とも同氏は言うのだ。そのためには維新との協議を「真摯に進めることは極めて大事なこと」(菅官房長官)であろう。維新の松野頼久代表は「来週(12日の週)にも採決と言われている。われわれの案をしっかり取り扱わない状況の中、採決を棄権する可能性は大いに秘めている」と政府・与党にブラフをかけている。国会に自党の法案を提出したのに採決を棄権するとは考えにくい。だが、与党としては、国会での審議日数を最大限に増やし、維新、民主との丁寧な議論の積み上げをすることが賢明だ。

 そもそも民主党内では、対案をつくらず政府・与党批判に終始していた党執行部に対して強い不満が渦巻いていた。岡田克也代表はじめ、枝野幹事長、辻元清美氏らの国会追及は、言葉尻をとらえた批判や違憲学者の発言に頼った決め付けや国民の不安を煽る共産党に似た言い掛17 新政界往来新政界往来16かりの連発だった。

 例えば、安全保障環境の変化によって憲法に書いていないこと(集団的自衛権の行使容認)ができるようなら、憲法に書いてない徴兵制だって将来、あり得るといった論理が飛躍した質疑だ。国民からすれば、驚くような質問を声高々にするので一時的には耳を傾けることになったが、政府は「憲法13条、18条違反なのであり得ない」と軽くかわした。

 こうした的外れの追及では、もはや限界と多くの人の目にも映っていた。集団的自衛権の「違憲」論議についても、政府は1979年の最高裁判決から合憲を導き出し全くブレなかった。

 そこで、民主党内保守派からは「『違憲』だけでは、もはやもたない。対案を示すべきだ」(馬淵澄夫副幹事長)といった声が噴出。実際に細野政調会長が主導し、長島昭久元防衛副大臣らが協力して対案の作成がスタートしたのである。抵抗野党ではなく、責任野党を目指す動きが加速した。前原誠司元党代表も6月30日の党「次の内閣」の会合で「対案を示すべきだ」と主張した。つまり対案の提出をめぐって党執行部と非主流の保守派の対立が強まったのだ。

 しかし、仮に保守派が対案をつくっても、その内容に左派が反対して国会提出にまではこぎつけられないだろう。それほど民主党内はバラバラなのである。

 それが政府案の一部に関しての対案ではあるが、領域警備法案を国会に提出したことによって、ようやく国民の目には民主党の存在感を感じられるようになってきた、と言える。これを機に、野田佳彦首相(当時)による「集団的自衛権の一部を必要最小限度の自衛権に含むというのは一つの考えだ」との国会答弁を参考にして、包括的な対案をまとめられなくても米艦保護に対する論理構成や武器使用の要件を示すなど重要なテーマについては基本的な見解を明らかにしていく。それが責任野党として求められのではないか。

 民主党内の保守派かつ野党再編派が勢力を増せば、維新との急接近もあり得るのだ。政府・与党もその動向をにらみつつ安保法案の成立に全力を挙げるべきである。

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