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第3次安倍改造内閣スタート

「未来へ挑戦する内閣」強調

「1億総活躍相」に急成長株加藤氏

 第3次安倍改造内閣が10月7日、発足した。安倍晋三首相は「未来へ挑戦する内閣」だと強調し、経済最優先の政権運営に努めるとともに「1億総活躍担当相」のポストを新設し、すべての国民に活躍の場を与える社会を築く挑戦をするとの意向を示した。この目玉ポストに加藤勝信前官房副長官を起用した。安倍首相は9月の自民党総裁選で無投票再選を果たしたが、3年後の総裁選では谷垣禎一自民党幹事長、岸田文雄外相、石破茂地方創生担当相に加え急成長株の加藤氏の名前が浮上する可能性も出てきた。


来夏参院選、首相にカード

 9月の自民党総裁選を無投票で再選された安倍首相が、新たに任期3年を得た。これは来夏の参院選で惨敗するなどの深刻な問題が起きなければ今後3年間、内閣総理大臣を務めることをも意味する。長期政権をひとまず約束された安倍首相はまず、麻生太郎副総理兼財務相や菅義偉官房長官、環太平洋連携協定(TPP)交渉に尽力した甘利明経済再生担当相などの主要閣僚を留任させ、党側も高村正彦副総裁と谷垣幹事長ら4役を留任させ、公明党にも1ポスト与えて政府与党の安定を重視した。

 その上で、今回の内閣改造の目玉としてアピールしたのが「1億総活躍担当相」の新設である。内閣改造直後の記者会見で安倍首相は冒頭、「少子高齢化に歯止めを掛け、50年後も人口1億人を維持する。そして、高齢者も若者も、女性も男性も、難病や障害のある方も、誰もが今よりももう一歩前へ踏み出すことができる社会をつくる。1億総活躍という輝かしい未来を切り開くため、安倍内閣は新しい挑戦を始める」と意気込みを示した。その上で「戦後最大のGDP(国内総生産)600兆円、希望出生率1・8、そして、介護離職ゼロ。この3つの大きな目標に向かって、新しい3本の矢を力強く放つ。そのための強固な体制を整えることができた」と胸を張った。

 その首相肝入りポストの責任者に就いたのが加藤氏だ。加藤氏は1955年生まれで岡山県選出、当選5回の衆議院議員だ。東大法学部卒業後、大蔵省に入省、主計局主査、官房企画官などを務めた後、衆議院議員だった加藤六月氏の秘書になった。この六月氏の次女周子さんと結婚し、六月氏の娘婿になったのが旧姓室崎の勝信氏である。

 さらに、加藤六月氏の妻で勝信氏の義母睦子さんと首相の母親の洋子さんとは「姉妹」と言われるほど仲がよく、家族旅行や山中湖畔での会食などで両家は緊密な交流を重ねてきた。「首相の加藤氏に対する親近感と信頼感はとても大きい。谷垣、岸田、石破などとは比べものにならない」と指摘する自民党幹部は「3 年後の自民党総裁選候補に加藤の名が浮上してこないとも限らない。だから、禅譲を期待していた谷垣、岸田や新たに派閥(水月会)を結成して次の狙いを公言している石破たちの表情が暗いのだ」と語る。

 なかでも仕事の分野のかぶることの多い石破地方創生担当相が当初、1億総活躍について「最近になって突如として登場した概念だ。国民の方々には『何のことでございましょうか?』という戸惑いみたいなものが、全くないとは思っていない」と冷ややかな見方を示した。そのボルテージはさらに上がり、テレビ番組収録でも、政権が1億総活躍社会の目標にする「GDP600兆円の達成」に関して「目標は達成するためにある。華々しく数字さえ打ち上げればいいというものではない」と皮肉ったのだ。

 しかも、1億総活躍社会とは何か、について考える国民会議が官邸で初めて開催されたのが10月29日になってのことだ。組閣して3週間も経ってようやく人選された国民会議有識者メンバー15人と政府側との会合が開かれ、そこで総活躍社会についての議論をし11月末までに緊急に実施すべき対策をまとめ、来年春頃に具体的なロードマップである『ニッポン一億総活躍プラン』の取りまとめをするというのだ。

 その第一回会合で安倍首相は「『1億総活躍社会』の実現のため、アベノミクス第二ステージでは、これまでの『3本の矢』の経済政策を一層強化して、『希望を生み出す強い経済』を第1の矢として『戦後最大のGDP600兆円』という的を狙う。その上で、第2の矢として『夢を紡ぐ子育て支援』。これによって『希望出生率1・8の実現』という的を狙っていく。また、第3の矢として『安心につながる社会保障』。これによって『介護離職ゼロ』という的を狙っていく。手段としての矢と、明確な的の設定を今度は行った」と強調した。

 だが、これには党内からも「風呂敷を広げているが、すぐ実現できると思っている方は少ない」「例えば介護離職はどんどん増えている。それをゼロにするのは夢物語で、実現できないときは失望感が強くなる」(丹羽雄哉元厚相)などの批判が続出した。肝心なのは設定された的をどう射るかの技だ。要するに、1億総活躍社会像づくりを丸投げしただけですべてはこれから、ということなのだ。ただ「未来へ挑戦」してどういう日本の将来を築くかの青写真づくりを加藤氏に任せているところが、首相の信頼の証しとも言えよう。

 それだけに従来の政策基調と発想では実現は困難であるし、目に見える実績を早期に示すのは難しく、世論へアピールするのは容易ではなかろう。

 谷垣幹事長の留任について首相は「昨年の総選挙の勝利や、戦後最長となった通常国会などで高い指導力を発揮していただいた」と述べており、安定した党運営を期待したものと受け止められている。谷垣氏とすれば当然の続投との思いが強いだろうが、首相からすれば「財務省派の急先鋒で増税の与野党合意の名義人だった谷垣氏が去年の9月3日、幹事長のポストを受けてくれ年末の消費増税10%への引き上げの1年半延期に手を貸してくれた。そのための幹事長起用だったのであり、それを果たした今となっては利用価値は少なくなってきた」(政界関係者)という見方もある。総裁経験者が幹事長となったのはかつてないことで、再び総裁、総理への道を首相からちらつかされた谷垣幹事長だっただけに、安倍首相の禅譲の声を待つしかない状況だろう。

 外交、安全保障については、岸田外相、中谷元防衛相がそれぞれ留任した。岸田派の領袖の岸田氏は、同派から自民党総裁選に野田聖子氏が立候補する動きが見られたため、推薦人集め潰しを徹底して行い不出馬に追い込んだ。仮に安倍氏の対抗馬となり総裁選に突入した場合、安保関連法案が審議未了で不成立になることもあり得たため、岸田氏は野田潰しの論功行賞人事を期待していた。ところが、改造前に5人いた岸田派の閣僚が岸田氏1人と冷遇されたのだ。「せっかく汗水流したのに、という思いだったろう。だが、次の総裁選を見通せば軌道に乗っている積極的平和主義外交を推し進めることが最善の戦術だと自ら言い聞かせたのではないか」(自民党中堅)。

 国民の関心は現在、開催しない秋の臨時国会のことよりも安倍外交に向いている。11月1日には、日本と中国、韓国の3首脳会談が約3年半ぶりにソウルで開催された。その場で日中、日韓の2国間の首脳会談も開催された。首相と韓国の朴槿恵(パク・クネ)大統領は2日に初の会談に臨み、懸案の慰安婦問題の解決と未来志向の関係構築を国交50周年の今年を機にスタートさせることになった。これらは安倍首相の成果ではあるが、根回しに走った岸田外相の得点でもある。

 ルクセンブルクにおいて11月4日に始まったアジア欧州会合(ASEM)第12回外相会合では、岸田外相が中国による南シナ海における身勝手な現状変更を批判するテーマで合意を求めるなど外交力の向上に努めており、首相の岸田氏に対する信頼感が減ったわけでは決してない。日米同盟を基軸としながらも国際法重視の「地球儀を俯瞰する」重層な外交の拡大を期待しているのだ。

 首相はまた、改造人事で「1億総活躍社会の中核」として「女性の輝く社会づくり」に言及し、党では稲田朋美政調会長、内閣では高市早苗総務大臣の留任とともに、島尻安伊子沖縄・北方担当大臣、丸川珠代環境大臣の起用を発表した。特に沖縄選出の国会議員である島尻氏の大臣就任について首相は「アジアとの架け橋である沖縄が21世紀の成長モデルとなるよう、沖縄の方々の心に寄り添った沖縄振興策を積極果敢に進めてもらいたい」と語ったが、首相の政治的思惑がたっぷり詰まっているのは明らかだ。

 「沖縄の翁長雄志知事は普天間基地の名護市辺野古への移設阻止を譲らず、国と県の法廷闘争にまで突入している。しかし沖縄振興策の予算をもらうには、翁長氏は島尻大臣に頭を下げなければならない。それができず国とパイプのない予算を獲得できない知事との烙印を押されれば、県民の支持は弱まろう」(政府関係者)というわけだ。そのためには基地移設と振興予算をリンクさせないとしてきた政府の基本方針を変えればいい話である。それによって自民党は来年の沖縄県議選、参院選対策に巧妙に直結させることができるのだ。

 安倍首相にとって来年の通常国会は、7月の参院選を念頭に置いたものになる。通常国会は1度しか延長できないため、可能な限りスタートを早めたいところで、伊勢神宮参拝後の年明け4日にも開会する見通しだ。特に同国会では公布された安全保障関連法が来年3月までに発効するため、自衛隊の海外派遣など具体的な国際貢献策が動き出すことになり、その議論の活発化が予想される。また、大筋合意した環太平洋連携協定(TPP)は条約であり、国会で承認されなければ批准されず効力を持つことができない。そのため、TPP論議で野党が激しく追及する姿を見せて参院選に臨めるのかどうかだ。

 首相はまた10月14日に自民党税制調査会長に就任した宮沢洋一前経済産業相に対し、消費税率が引き上がる2017年度から軽減税率を導入する方向で検討するよう指示した。来年の参院選を見据え、公明党に配慮したものだが、適用する対象をめぐって自民と公明の間で調整ができていない。

 参議院における自民党の勢力は現在、115議席。過半数は122議席なので単独過半数まであと7議席必要だ。来年の改選議員は50人なので最低57議席の獲得が目標となる。だが「安保関連法の発効やTPP批准などをめぐる問題で、野党が攻勢に出れば前回の参院選のようにはいくまい」と与党選挙分析専門家は読む。

 前回2年前の参院選は、自民党の比例代表区の得票総数は1840万票を超え、65議席を獲得して圧勝した。その再来を果たせないとすれば首相の描くシナリオは二つに絞られる。一つは、TPPの批准など不利になる可能性のあるテーマは参院選後の秋の臨時国会に先送りしてしまうこと。もう一つは、衆議院を解散し参議院とのダブル選挙に持ち込み選挙戦を有利に戦うことだ。

 「公明党がダブル選挙を嫌がるというが、過去のダブル選挙で公明党は得票数を伸ばし党勢を増やしている。説得すればできないことはない」と言う同専門家は、模索中の野党共闘も粉砕できると指摘する。共産党は安全保障に関するテーマで一致することで連立政権を組むという「国民連合政府」構想を提唱し、そのための参院選での選挙協力を呼び掛けているが、衆参ダブルとなると話が全く違ってこよう。すなわち、政局運営のカードは依然として首相が握っているのである。

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