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インタビュー 前地方創生担当大臣 石破茂氏に聞く

「国家主権」意識が欠落 憲法改正は至難の業

 8月の内閣改造で前地方創生担当大臣の石破茂氏は「三度目の正直」で閣外に出た。自身が率いる自民党石破派(水月会)内に広がる〝主戦論〟に押される格好で、ついに「ポスト安倍」を狙う道に踏み出した。「防衛相、農林水産相、自民党政調会長に幹事長、地方創生相など9年間、与えられたポストで全身全霊尽くしてきた。『これ以上のことはできない』」と言う仕事師・石破茂氏に、政権を目指すにあたり石破政権で考えている経済政策と安全保障問題を聞いた。(聞き手=松田まなぶ前衆議院議員・本誌論説委員長)


――いま、党内で出ている総裁任期延長論について、どう考えているか?

 わが党は国民政党なのだから、みんなで議論して決めることだ。国会で議論すべきことではない。党を支えているのは地方組織だ。地方で自民党を支えている人たちが、どう考えのかが大切だ。世論調査を見る限り、自民党総裁任期の延長には、やや否定的だ。今日(9月12日)のNHK報道でもそうだった。

 もし、現在の安倍総理に限ってということならば、それはありうる。今、銀行に積みあがっているお金が、企業の設備投資に回り、国民所得の向上に回る。また、デリケートな国際関係の中で、日本の独立性がきちんと維持される。これはすばらしいではないか、あと一年、やってもらおうというのなら、それはそれでいい。

 私が初当選した時、衆参同時選挙で大勝した中曽根先生が任期を一年延ばした。安倍総理について、きちんと党内で結論が出て、党員が納得すればそれでいいのではないか。

 そもそも自民党総裁は3期9年だった、というのはまた別の議論だ。ただ、今の私の立ち位置で何を言っても、それは自分がやりたいからだろうと言われてしまう。

 私はなるべく発言しないで、みんなで決めましょうと言っている。

――経済政策について、アベノミクスの効果がまだ十分に浸透していないということはあっても、それ以前に比べれば確実に経済は良くなっている。石破さんは政権を目指すに当たって、新しい経済政策を打ち出すということだが、それはアベノミクスの延長という位置づけなのか、あるいは根本的に政策のパラダイムを変えようというものなのか、これから考えようとされている政策の設計思想について伺いたい。

 アベノミクスには一定の効果があると思っている。大胆な金融緩和はほぼ教科書通りに効果を発揮して、円を下げ株を上げた。機動的な財政出動も、個人や企業が消費しない中では効果はそれなりのものがある。

 しかし、これ以上の金融緩和をしなければ株が下がり円が上がるというのでは、手段と目的が逆になる。また、株式相場を官制相場にしてもいけない。株式相場は実体経済を反映すべきものだ。

 つまり、金融緩和や財政出動によって日本経済が失速するのを防いでいる、そうした時間的猶予の間に、どうやって経済構造を変えていくかが重要だ。

 私はGDP(国内総生産)至上論者ではないが、日本は人口が恐ろしく減っている国だ。現在の日本の人口が1億2700万人。出生率、死亡率がこのまま変わらないとすれば、84年後の2100年には5200万人、2200年には10分の1の1391万人、2300年には30分の1の423万人、2900年には4000人、3000年には1000人になる。まさに日本の国がなくなってしまう危機的な減り方だ。

 この人口急減社会にあって、どのように日本という国家を維持していくかということを考えないといけない。

 どの分野でどの地域で、どのように生産性を上げ、経済成長に寄与するかということを精密に分析していかないといけない。それは経験と勘でやってもダメだ。

 アベノミクスで生じた時間的余裕をどう活かすか、ということだと思う。そのために地方が持っている潜在的な能力を、これを最大限に活かしていくことが肝要となる。

――石破さんは地方創生担当大臣をされていた。地域の潜在力を掘り起こす要諦は何だと認識していますか?

 そもそも日本経済という抽象的なものは存在しない。どんな統計数字をみても47都道府県、1718市町村で、全部違う。しかし、それぞ れの地域にきちんとしたエコノミストを置いているところは見たことがない。市町村役場にはもちろんいない。

 今まで経済は成長し、人口は増えるという前提で、道路を作って橋を架けていれば経済は回った。

 しかし人口が増えないのであれば経済の仕組みも変えねばならない。それぞれの地方で経済を分析して、農業、観光業、製造業、個々の分野を伸ばすために、必要な要求をする。

 地方には潜在力は一杯ある。今までは公共事業と企業誘致で地方経済はもってきたわけだが、同じことは、もはやできない。持っているポテンシャルを最大限、伸ばしてもらうことがポイントとなる。

 飲食・宿泊業の生産性はアメリカの4分の1だ。そこに3倍の余地があるということだ。また、海外進出企業のうちシンガポールに出ている企業は、全体の1%しかない。50%がアメリカ、35%が韓国だ。なんでシンガポールにもっと出ないのか。

 今まで努力しなかった分野がたくさんあるはずで、そういう分野を地域ごとにどうやって伸ばしていくのか、地域において考えないといけない。永田町に行ってあの先生に頼めば、という考え方から脱却していかないとだめだろう。

――私の経験では、地域に出かけて、議論をふっかけても、なかなかプロデューサーがいない。実際に地域に人材が定着しているかというと、良い事例が少なかったような気がするが、石破さんはどのような感想をお持ちですか?

 面白いことに、成功事例はあちこちにある。

 市長が頑張ればいい、町長が頑張ればいいじゃなくて、「産官学金労言」、つまり産業に携わる人、町役場、学校、信用金庫・地方銀行、そして労働組合、さらには地元の報道機関が、本当にみんなで一緒に考えて何も知恵が出てこない、ということがあるはずがない。

 例えば、島根県海士町や邑南町、千葉県いすみ市、北海道幌加内町、鹿児島県鹿屋市などがいい例で、みんなでどうやってやるんだと考えたら必ず何か出てくる。ただ、成功事例は一杯あり点は密になっているが、まだ面にはなっていない。

――外交安全保障について伺いたい。安倍政権で特定秘密保護法や集団的自衛権の限定行使容認など、日本の安全保障政策は課題解決に大きく動いたが、まだこれからやるべきこととして、どのような課題が残っていると認識していますか?

 安全保障政策というのは外交がベースにあるが、自衛隊法、防衛庁設置法をはじめとする安全保障法制、それから陸海空自衛隊の装備、人員、日米安全保障体制の効果的運用、これを一つ一つ点検していかないと、安全保障政策という全景を見ることはできない。

 日本の自衛隊は警察予備隊が前身だから、法制が全部、警察的なポジリストでできている。ポジリストというのは、「○○をすることができる」という書き方で、他国の軍隊は「○○をしてはならない」というネガリストだから、やっちゃいけないこと以外は柔軟に対応できる。軍隊というのは対外的なもので、国内で犯人を逮捕する警察とは質が違う。

 将来的にはなるだけフレキシブルに運用できるような法制にすることが必要だと思っている。しかし抜本改革には何十年かかるかわからないので、現時点での隙のない法整備としては、我が国に対する武力攻撃以外の態様で我が国の主権が侵害された時が肝要となる。

 この、いわゆるグレーゾーンの整備を急ぐ必要がある。

 防衛力整備でいえば、日本は今まで海兵隊的なものを持っていなかった。海のある国はみんな海兵隊を持っている。日本では、それはアメリカがやってくれるからいいでしょうとなっていた。しかし海兵隊の主任務は、領土保全と自国民保護であり、それを外国にやらせるというのはおかしなことだ。

 今ようやく水陸機動団などが編成され始めているが、充実を急ぐ必要がある。

 また、間違いなく我が国では予備役が足りない。海と空はほとんどいない。継戦能力が極めて乏しい。それで、どこまで持ちこたえられるか。

 日米では、アメリカの拡大抑止力が具体的にどのような事態で作用し、あるいはしないのかといった詰めが必要だ。NATO(北大西洋条約機構)では当たり前にやっている議論だ。日本だけが「信じる者は救われる」ではいけない。

――ときに安倍政権を右寄りと警戒するのが中国であるが、安倍総理は日中首脳会談を再開させた第一次政権の時も含め、日中関係の改善に成果を挙げてきた。しかし、最近では尖閣や南シナ海の問題、経済面でもAIIBや「一帯一路」構想など、中国の覇権的な動きに対して日本として譲れない問題が多々発生している。石破さんは中国に対してはどう向き合うべきだとお考えか?

 中国はずっと易姓革命が続いてきた国だ。今の中国共産党政権も、ひとつの王朝だと考えればつじつまは合う。そして政治は共産党一党独裁、経済は資本主義という世界でただ一つのシステムを運用している。

 私は一党独裁というシステムは大嫌いだが、そうは言っても今の中国で民主主義を導入したら、たちどころに国家は分裂する。

 核を持った中国が分裂するのは悪夢だ。中国は体制が何とか安定的に維持され、100年かかるか200年かかるか分からないけれど、ゆっくりと民主主義体制に移行するのが望ましいと思う。

 ただ疑似資本主義体制下で、格差がどんどん拡大している。資本主義先進国では格差が拡大しないよう、公正取引委員会のような監視システムを導入したり、三権分立などの仕組みで権力の癒着を防ぐ構造を取り入れている。

 それを中国も分かっているのだろうが、今のところうまく機能していない。

 オランダ・ハーグの仲裁裁判所で、南シナ海における中国の主張は全部退けられた。そうすると、政府は何やってるんだという国内世論になる。

 中国は中国としての国家の成り立ちがあって、選挙で国民から信任された政府でもない。だから「共産党に任せてくれ、みんな幸せになるぞ、秦の始皇帝時代の夢を実現するんだ」というような話で求心力を持たせようとしている。

 その意味では、中国が冒険主義的な外交政策に走らないようにするために、日米には何ができるのかという詰めが重要になってくる。日本の主張のみを声高に訴えるのではなく、中国がなぜこのような行動に出るのか、よく分析したうえで、両国の信頼関係を構築できるようにしたい。

――両国の間には、例えば民間でも、言論NPOのフォーラムが十年以上も続いているなど、政府間外交を補完する役割を発揮しているが、信頼関係ということでは、日中両国がお互いをよく知り合う場を構築することが大事なのでは?

 中国の人と話していると、対面している私を飛び越えて壁の向こうにいるであろう共産党の人々に向けて話している感じがする。

 「私は共産党に忠誠を誓っていますよ」といった発言で、日本人に向かって話しているのではないことがよく分かる。

 それが一目瞭然なのは、会談の度に席順が変わることだ。中国に対し好意的な発言をすれば席順が上がっていく。一対一で話しても、集団と話している時と言うことは変わらない。ああいう国だから、それは仕方がないのだと思う。そうだと思って付き合わないといけない。それは中国の統計数字というのは本当に信用できるのか、という問題と同じだ。

 中国というのは、どんな国なのか、しっかり分析した上で付き合わないといけない。日本を理解してくれる国をアジアで増やしていくというのは、そんなに簡単なことじゃない。米国だって常に日本と心中するつもりなどあるはずもない。

 同盟というのは、日本では「巻き込まれるリスク」ばかりを言っているけれど、「見捨てられるリスク」が常にあるものだ。

 米国の力が相対的に落ちているとするならば、日本は何をすべきなのか。それが中国に対するけん制になっていくはずだ。

――最後に、憲法改正についてはどうお考えか?

 私は憲法改正が必要だと思うから自民党にいる。ただ政治家を30年やってきて、その難しさというのも身に染みて感じている。それはそもそも国家主権というものを、国民が考えたことがあまりないからだと思う。

 国民主権というのは小学校から習うが、国家主権というのは一度も習ったことがない。

 それは戦後の「日本国」の誕生時に、主権がなかったからだ。ないものを論じることはできなかったという経緯がある。

 だから国家主権を守るための軍隊もないし、国家主権が危機に瀕した時に、目的を限定し、期間を限定した上で、緊急権を政府に与え、事態が収束したらただちに回復措置を講じるという国家緊急権も規定できなかった。

 「国家主権というのは何か」というのは、小学校から大学まで教わらない。国家公務員試験にも大学の入試にも出ない。だから誰も知らない。正直言って、すごく難しい。

 その誰も教わってないものを、国民にご理解いただくのは相当、難しいなと思っている。

 国家主権という意識がないから、自衛隊は自衛隊のままでいいじゃない、自衛隊に対する法律も警察的法制でいいじゃない、と考えられるのだ。

 また、国家主権という話をすると、すぐライトウイングな人に見られる。国家主権という意識がこれほど希薄な現状において、憲法改正というのは至難の技だ。

 しかし、昔と違って小選挙区制だから、1つの選挙区に1人の自民党代議士しかいない。自分の選挙区の意識をきちんと変えていくのは、一国一城の主たる国会議員の責任だ。

 世論が高まったらとか、マスコミが理解したらとかではなく、自分の選挙区の有権者に対してまず「憲法改正とは何でしょう」と説得する姿勢が大事だと思う。

 国家主権って習ってないでしょう。不思議に思いませんか。

――本当に不思議ですね。国家主権といった途端、変な目で見られる。ところで、民主党政権時代の自民党はどうでしたか?

 人は来ないし、ポストも金もない。マスコミは取材に来ないし、役人は冷たい。ないない尽くしの自民党をどうしようかと途方に暮れた。谷垣総裁、大島幹事長、私が政調会長で、我々党幹部は10年は冷や飯を食う覚悟だった。

 自分たちの間は与党に戻れないだろう。でも次の時代には、必ず与党に戻ろう。自民党は政策が間違っていたわけではない。つらくても苦しくても頑張ろう、という共通意識があった。

 しかし、そうした再建途上にあって、鳩山・菅政権が余りにひどすぎたために、3年半で与党に戻ることになった。

 それでよかったのだろうかと回顧することがある。民進党の方々にはもっとしっかりしてもらいたい。ライバルがいないとこっちもだめになる。

 「平和安全法は、戦争への道だ」と叫ぶだけでは話にならない。先の選挙では「混乱の民共か、安定の自公か」の一言で済んでしまった。

 ましてや共産党と組んでも、得するのは共産党だけだ。この状態では、自民党がよほど強い意思で自らを律しないといけない。


いしば しげる

 1957年2月4日、生まれ。東京都千代田区出身。1979年慶應義塾大学法学部法律学科卒業。㈱三井銀行に入行。1986年、第38回衆議院議員総選挙に自由民主党公認で鳥取県全県区(定数4)から出馬し、初当選。防衛大臣や農林水産大臣、地方創生・国家戦略特別区域担当国務大臣、党では政務調査会長や幹事長などを歴任。著書に「職業政治の復権」「国防」「日本を、取り戻す。憲法を、取り戻す。」など多数。父親は鳥取県知事や自治大臣を歴任した石破二朗氏。

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