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中塩秀樹氏が復活させた岩国の「平成の松下村塾」

 人間が100歳まで生きると仮定すると、その間に交わした会話や見てきた映像などすべて覚えるには、50トン程度の脳が必要とされるという。
 しかし、人間の脳はせいぜい1・2キロから1・4キロ。仮にそのうちの500グラムが記憶に使われたとしても、十万分の1しか覚えることはできない。
 だから元来、人間の脳というのはほとんど忘れるように出来ており、よく忘れる。こうした脳の性質を利用すれば、記憶力を高めたり思考力を伸ばしたりすることが出来ると、逆転の発想をするのが教育評論家の中塩秀樹氏だ。その近著『30+2分で夢が実現する勉強法』(南々社新書)では、その日に学んだことを30分復習し、さらに次の授業の前にざっと2分復習、またよく休憩し、ぐっすり睡眠をとることを勧める脳のバイオリズムに即した勉強法を推奨している。ただ中塩氏は思い入れだけが強い観念的話ではなく、これまで教育者として実践してきた実績の上で論を進めている。
 とりわけ中塩氏が強調するのは、人間性向上のための「美しい生き方」についてだ。
 「美しい」という字は、「羊」と「大」で構成されている。
 「羊」は皮や肉など全てが人の役に立ち、捨てるところがない。すなわち、「美しい人」というのは、姿や形が整っていることをいうのではなく、「人のために尽くすことのできる大きい人」を意味する。「美しい生き方」とは、世のため人のために尽くす生き方のことだ。
 単に学力向上という次元だけなら、技術的教育だけも出来なくはないが、すばらしい人格形成をしてもらうためには師となる人柄とその背中がものをいう。その点、苦労人中塩氏の人生は、文句のつけようがない。
 広島の呉出身の中塩氏の父親は、製パン業「メロンパン」を創業したことで呉では知らない人はいない。このメロンパンにはあんこが入っていることで有名だ。
 父親は朝2時に起きて仕事を始め、夜8時に閉店し消灯は9時だった。わずか6畳一間に家族7人が寝た。ここでは夜起きて夜中まで勉強することは許されなかった。
 当然、勉強机も勉強部屋もないので、家の前にあるバスセンターの街灯の下でベンチに座り、寒い冬の日も毛布にくるまりながら木箱を机にして勉強するのが日課だった。
 たまたま家の前が派出所だったので、治安は抜群だった。しかし、一旦、事件が起きると派出所が騒がしくなるので、勉強するのは大変だったが、警察官が市民の生活を守るためどれほど苦労しているか目の前で見ることができた。そのため自分が多くの人から恩恵を受け生かされていることを自然に感謝できるようになり、「私も世の中のためになる人間にならないといけない」と考えるようになったと言う。
 こうして中塩氏は広島大学を卒業し大学院も修了、教職にもつき理科教育や道徳教育、脳科学研究などに従事する。
 そして、今年4月から山口の岩国で「日本の未来を切り拓く、誇りある日本人」を育成するため、「松下村塾」を平成の世に復活させている。
 岩国まで飛び、中塩氏からその経緯を聞いた。
 「そもそも昨年11月19日から21日まで三夜連続で、吉田松陰先生が夢枕に立たれ『平成の松下村塾を始めなさい。このままでは、日本に内乱が起き、滅亡の危機をむかえる。人材の育成を!』と言うではありませんか」と言う中塩氏は、続けて「11月22日、何もしないでいると、利き腕の左腕に激痛が走り、全く動かせなくなった。急いで、萩の松下村塾に電話して直接、お会いし名前を使わせてもらうことの承諾を得た」と。
 結局、歴史のある萩に平成の松下村塾を作ることはかなわなかったが、大学時代の学友が縁を取り持ち、岩国で開校することが可能になった。
 中塩氏が塾長を務める「平成の松下村塾」の特徴は、優秀な子供をさらに伸ばしていく英才教育ではなく、普通の子供を素晴らしい人材に育成しようとしている点だ。
 松陰も身分に関係なく一般庶民を教育している。さらに江戸伝馬町の牢では、囚人たちに勉強を教え、牢屋番まで勉強に参加している。まさに松陰は勉強する意欲を掻き立てる天才だった。
 松陰の言葉に「井戸を掘るのは水を得るためで、学問は人の生きる道を知るためだ。水を得ることができなければ、どんなに深く掘っても井戸とはいえないように、人の生きる正しい道を知ることができなければ、どんなに勉強をしたとしても勉強をしたとはいえない」と毅然と言ってのけたとある。
 「平成の松下村塾」では、学年でクラス分けせず、小学2年生から6年生まで一緒の教室で学ぶ。休憩時間では自然と学年を超えて一緒に遊び、昔の路地裏であったような缶蹴りや鬼ごっこの遊びも復活し、遊びグループのリーダーも生まれている。
 こうしたリーダーには自ずと自覚が生まれ、勉強にも熱が入り、みんなから「後ろ指」を刺されることがないように努力を怠らないし、弱い子供を守ったりする。

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