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「安倍色」薄めた首相施政方針演説

憲法改正の表現後退
安全運転ではなく改革を

 第198通常国会が1月28日、召集された。安倍晋三首相は衆参両院本会議で施政方針演説を行い、御代替わりの意義深い国会となることを強調した。ただ、昨秋の所信表明演説で意欲を見せた憲法改正に関する表現が後退するなど、「安倍らしさ」の薄まった演説となった。野党側は厚生労働省の不正統計問題などで攻勢を強め、根本匠厚労相の罷免を要求している。首相は、4月の統一地方選や7月の参院選を意識し過ぎて「安全運転」で乗り切ろうという守りの姿勢ではないのか。それではかえって押し込まれることになりかねないことを肝に銘じるべきだ。

日露交渉では前のめり

 首相が平成最後の演説の冒頭で強調したのは、「被災地の現場には必ず天皇、皇后両陛下のお姿がありました」と語ったように、両陛下による国民への思いの深さだ。そして、両陛下の下で希望を持ち、困難を乗り越えてきた日本人の強さである。4月30日の天皇陛下の退位、5月1日の皇太子殿下の即位という皇位継承についても首相は「国民こぞってことほぐことができるよう万全の準備を進める」と力強く述べた。202年振りの天皇の譲位は最重要行事である。政府には緊張感を持って対応してもらいたい。
 首相が最もアピールしたかったのは「アベノミクス」の成果だろう。「この6年間、3本の矢を放ち、経済は10%以上成長した。来年度予算における国の税収は過去最高、62兆円を超えた」と訴えた。その成長の果実を、「国難」と位置付ける少子高齢化対策に振り向けることに異論はない。それが、3歳から5歳までの幼児教育の無償化や私立高校の無償化に充当され、出産の制約となってきた「家庭の経済事情」を解消し、「子供たちを産み、育てやすい日本へと大きく転換し、そのことによって『希望出産率1・8』の実現を目指す」という。
 だが、経済事情が問題なら、高所得者の家庭には子供が多く産まれ、低所得者の家庭の子供の数は少ないことになるが、そう断定はできない。最大の問題は、子供を産み育てることは大変だが、その苦労の先に幸福感を味わうことのできる喜びのある家庭生活が待っていることを積極的にアピールできない点にある。その精神面での重要さに触れていないことが「国難」の根の部分にあるのではないか。
 会期が6月26日までの今通常国会における最初の政府、野党の対決案件が、厚生労働省による「毎月勤労統計」の不正調査問題だ。この問題は、国土交通省など他省における基幹統計にも広がりを見せている。首相は国民に陳謝した上で「統計の信頼回復に向け、徹底した検証を行う」と語った程度で、あっさり通り過ぎた。だが、各省の高官にとどまらず歴代厚生労働大臣による隠ぺい疑惑も絡んでいる。立憲民主党の枝野幸男代表や国民民主党の玉木雄一郎代表は1月30日の代表質問で首相を厳しく追及したが、適切な対応をしなければ初動を誤った「モリ・カケ」問題の時のようになる可能性のあることを認識する必要があろう。
 「安全保障政策の再構築」に関しては、よい評価をする向きが多い。「わが国自身の努力」の重要性を指摘。その上で、「これまでとは桁違いのスピードで厳しさと不確実性を増している」との認識を示し、新たな防衛大綱の下、「従来とは抜本的に異なる速度で変革を推し進めていく」との意気込みを示した。
 一方で、首相が得意とする外交面では、評価が2分した。「地球儀を俯瞰する外交」については積極的平和主義の旗の下、国際社会にさまざまな貢献をしてきた。ところが、ロシア外交について、自民党中堅は疑問を呈した。「ロシアとは、国民同士、互いの信頼と友情を深め、領土問題を解決して、平和条約を締結する、と総理は言うが、4島の主権が日本にあることを明確にしなければ交渉を前に進めるべきではない」と言う。首相は「1956年宣言を基礎として交渉を加速する」と前のめりの姿勢を示す。交渉の落としどころが「2島(歯舞、色丹の返還)+α」に過ぎないことが表面化すれば政権の支持率は急落しよう。
 隣国・韓国については事実上、無視した。2017年1月の施政方針演説では、「韓国は、戦略的利益を共有する最も重要な隣国。これまでの両国間の国際約束、相互の信頼の積み重ねの上に、未来志向で、新しい時代の協力関係を深化させていく」と語り、日米韓による戦略的対応を重視する基本姿勢を示した。それが18年の同演説では「韓国の文在寅大統領とは、これまでの両国間の国際約束、相互の信頼の積み重ねの上に、未来志向で、新たな時代の協力関係を深化させていく」とし、「戦略的利益を共有する最も重要な関係」から後退。そして、今回は一切、触れなかったのである。
 その理由について首相は、玉木代表による代表質問(1月30日)に対する答弁の中で「韓国側と強い非難合戦をすることは適切でない」と語った。韓国大法院の徴用工判決、慰安婦財団の解散問題、韓国駆逐艦による自衛隊機への火器管制レーダー照射問題と、このところ韓国側の国際法を無視した独善的な反日言動が相次いでいる。「国際法に基づいて毅然と対応する考えで、主張すべきは主張して韓国側に適切な対応を強く求めていく」と語る首相の姿勢は評価する。
 一方で、北東アジア情勢は緊迫化しており、日韓の離間を喜ぶのは中国であり北朝鮮だ。首相としては、日米韓という戦略的枠組みをどう再構築していくのか。米国との連携をこれまで以上に密にして関係修復の糸口を見い出す努力を続けなければならない。
 また、首相にとって改革の本丸とも言える憲法改正への意気込みは大きく後退した感じだ。昨年10月24日開幕の臨時国会における所信表明演説では、「憲法審査会で政党が具体的な改正案を示すことで国民の理解を深める努力を重ねていく」ことの重要性を指摘するとともに、「(憲法改正)のあるべき姿を最終的に決めるのは国民だ」とし、国民投票を視野に入れて訴えていた。ところが、今国会では国会での議論の深化を「期待」する程度で、国会による発議や国民投票実現にまでは踏み込んでいない。
 今国会に提出した法案は戦後2番目に少ない58本。しかも野党が頭から反発しそうなものは避けている。安全運転を心掛けるのは、統一地方選や参院選への影響を最小限に抑えるためではないのか。政権の求心力を維持しつつ支持率向上を図るには、改革への情熱と未来を見据えて挑戦し続ける気概を強め実践していかねばならない。

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