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書 評

「世界史を大きく動かした植物」 稲垣栄洋著

植物から読み解く世界史

 アメリカに移住したアイルランド人は多い。最大の契機となったのは飢饉だった。
 大航海時代に南米のジャガイモは、欧州に持ち込まれた。とりわけ荒涼とした土地でも育つジャガイモは、アイルランドで18世紀には主食となるまで普及した。
 だが1840年代に、アイルランドでは突然、ジャガイモの疫病が大流行し不作となった。そして100万人にもおよぶ餓死者を出した。
 その原因はジャガイモの増殖方法にあった。アイルランドでは収穫量の多い1つの品種だけ国中で栽培したため、疫病が一気に蔓延し、国中のジャガイモが全滅するという悲劇を招いてしまったのだ。
 原産地の南米アンデス地方では、複数の品種を混ぜて植え、全滅を防ぐ安全保障策がとられていた。いろんな品種があれば、どんな病原菌に冒されても、いずれかの品種は生き残るという長年の生活で培われた智恵があったのだ。
 なおアイルランドの飢饉に対し、本国のイギリスの対応は冷たかった。アイルランドを属国とみなし、支援の手は皆無だったのだ。これがイギリスに対する深い不信感を生み出し、後のアイルランドの独立運動へとつながっていく。大飢饉によって食料を失った人々は、故郷を捨てて新天地アメリカを目指し、移民に拍車がかかった。
 1粒の小麦から文明が誕生し、茶の魔力がアヘン戦争を引き起こすなど植物から読み解く世界史の真実が新鮮だ。
(PHP研究所 本体1400円+税)


「平城京」 安部龍太郎著

古代国家形成の現場小説

 平城京造営を歴史ミステリー風に描く。唐をモデルに律令国家を目指す日本が、最初に築いた都は藤原京。ところが、そのわずか16年後に平城京に遷都となる。発掘調査では、水運の不備が最大の原因らしい。
 主人公は造営の責任者・阿倍宿奈麻呂の弟・船人。兄弟の父は将軍・比羅夫で、越から蝦夷を征した軍歴を誇るが、白村江敗戦の責任を負わされ、大宰府師とされた。
 遷都を進めたのは実力者の藤原不比等。遣唐使を派遣し、唐の冊封を受けることに成功したが、則天武后が出した条件は、長安にならった造営。大極殿が都の中心にある藤原京はそうでなかった。船人は遣唐使の船長を務めていたが、帰国の際、白村江の敗戦で捕虜の百済人を助けて唐の役人に捕まり、帰国後も都から遠ざけられた。
 船人が命じられたのは人材や資材の調達から立ち退き交渉など、現場の仕事。部族はそれぞれ職能集団を抱え、最適の地に住んでいたため、仕事を保証しないと立ち退かない。有力な百済系が、唐で一族を救った船人に恩義を感じていたのが幸いする。
 やがて不可解な妨害が頻発する。手先は百済の曲芸師だが、黒幕は不明。さらに、全国から集めた人夫たちが処遇に不満を募らせる。それを助けたのが行基が率いる集団。官僧でない行基が都に入ることは禁じられていたが、船人はその事態を改める。
 行基の指導で新しい国民が形成されていく過程が興味深く、仏教の役割を再認識した。
(角川書店 本体1800円+税)


「アフター・ビットコイン」 中島真志著

中央銀行がデジタル通貨を発行

 著者は日本銀行で決済部門に携わり、国際決済銀行では決済のグルーバル・ルール作りに参加、現在、大学で金融論を講じている。
 仮想通貨取引所のコインチェックが560億円相当の仮想通貨「NEM」を流出させた事件で、ビットコインは一躍有名になった。本書はビットコインの仕組みを解説し、キーテクノロジーであるブロックチェーン(分散型台帳技術)の将来性を展望する。だから「アフター」なのである。
 ビットコインは通貨というより投機商品。2008年にサトシ・ナカモト(日本人ではない)が発表した論文を元に09年1月に発行された。日本では仮想通貨と呼ばれるが、高度な暗号技術でコインの複製や二重使用を防ぐことから、海外では暗号通貨と呼ばれている。
 ビットコインの特徴は、中央銀行のような管理者のない分散型システム。高度な計算(マイニング)で安全性を確保し、計算に成功した人に報酬が与えられる。そのため、マイナー(採掘者)と呼ばれる会社が各地に設立されている。
 ネットでのコインの取り引きは全て公開されるが、取引主は分からない。信頼関係のない者同士の通貨交換で、マネーロンダリングなど犯罪に利用されやすい。しかも、インフレを防ぐため通貨発行量に上限があり、国際的な規制も強まっている。
 興味深いのは、ブロックチェーンを利用した中央銀行発行のデジタル通貨で、エストニアやスウェーデンで先行している。
(新潮社 本体1600円+税)


「週刊文春」編集長の仕事術 新谷学著

情報取得の原点はヒューミント

 取材は執念と狂気が問われてくる激務だが、情報取得の原点は、人から聞き出すヒューミントにあると著者は説く。
 その意味で本書は、人との付き合い方とか人脈をどう作りだすかといった社会生活でも役立つ智恵が満載されている。
 とりわけ、相手が固く口を閉ざしている事を聞き出すのは困難を伴う。こうした時は、こちらがある程度、情報を握っていることを話したほうがいいケースと、「何も知らないので教えてください」という態度で接したほうがいいケースがある。官僚は前者、政治家は後者で知ったかぶりをせず、相手の懐に飛び込んでいくとうまくいくというのが著者のこれまでの経験知としての総括だ。 
 また、司馬遼太郎著の「燃えよ剣」で、強く印象に残っているところがあると著者は述懐する。
 沖田総司が土方歳三に「新撰組はこの先、どうなるのでしょうか」と訊ねる。土方の答えはこうだ。「『どうなるとは』とは漢の思案ではない。漢は『どうする』ということ以外に思案はないぞ」。
 大切なのは「どうなるか」と心配するよりも「どうするか」であり、状況に呑み込まれるのではなく主体的に立ち向かう意欲が問われてくるというのだ。
 その他、「辛いときこそフルスイング」「人のリングで闘うな。更地に新たなリングを立てて客を呼び込む」といった文春砲哲学も参考になる。
(ダイヤモンド社 本体1400円+税)


「世界の覇権争い」 ペマ・ギャルボ著

台湾防衛は日本を守る道

 著者の凄みは、ずばり本質問題を抉り出す臭覚の鋭さだ。
 2017年の共産党大会で習近平氏は「中国型政治モデルは(欧米より)優れている」とした上で、中華人民共和国建国100周年にあたる2049年までに米国に代わり世界の覇権国になることを高らかに宣言した。
 その中国がまず解決しないといけないのが、台湾の統一問題だ。
 習近平氏が2012年に軍トップの党中央軍事委員会主席に就任して以来、軍備拡大とともに、台湾侵攻を想定した訓練が盛んに実施されるようになった。
 最近は、「台湾への武力統一を放棄せず」といった年頭の習演説に見られるような武骨な文言が目立つようになっている。中国とすれば「共産党政権存続が第一」で、そのためには何でもありうると心得るべきだろう。
 米シンクタンクの戦略研究者によると「世界の火薬庫の中でも最も戦争が起きる可能性が高いのが台湾だ」と強調した上で「中国が2020年までに台湾侵攻の準備を終える」と指摘し、中台戦争勃発の可能性を指摘している。
 著者もその懸念を共有する。マッカーサー元帥は「台湾は空母20隻分の価値」があると言ったが、もし中国に台湾をとられたら、そこを拠点に次に沖縄に侵略の手を伸ばしてくることは火を見るより明らかだと警鐘を鳴らす。
 日本は安全を玄関先から守るためにも、台湾の独立と台湾の人々の幸せを守るということに明確な決意を示す必要がある。
 とりわけ、日本が気をつけないといけないのは「日中友好」という言葉だと著者は指摘する。
 昨年は日中平和条約40周年だった。これを機に関係改善の流れを重視したいと考える日本に対し、こんなときだからこそ強気に出てくるのが中国だからだ。
 日中国交正常化20周年の1992年には、中国は領海法を制定し尖閣諸島は中国の領土に帰属すると一方的に宣言した。その年の秋には昭和天皇訪中が決まっており、日本政府が事を荒立てることはしないと読んだ上でのことだった。
 その文脈からすると今年、習近平氏が訪日した際、次期天皇の訪中を持ちかけるはずだが、「中国の罠」にはまらない知恵が問われることになる。
(あさ出版 本体1500円+税)

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