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ムクウェゲ医師にノーベル平和賞 性暴力下のコンゴ東部で救済活動

 コンゴ東部で性被害者の救済とケアに取り組んできたパンジ病院のデニ・ムクウェゲ医師(63)に、先にノーベル平和賞が授与された。この地域での性被害は特殊だ。それは性的衝動による犯罪ではなく、住民に恐怖心を与えて資源を確保し地域を支配する謀略に基づいた犯罪であるからだ。1996年以降、20年間以上にわたって紛争状態が続くアフリカのコンゴ東部においては、反政府武装勢力が住民に恐怖心を与えて支配する「安価な武器」として性暴力が利用されている。
 本誌は2年前、東大でムクウェゲ医師の記者会見に参加したことがある。
 この時、ムクウェゲ医師が強調したのは「女性の体が戦場になっている」現実だった。性暴力は銃器と違って金もかからないしメンテナンスも必要がない。しかも、その効果は銃器以上に絶大だ。身体的、精神的に痛い目に遭わせることができる。しかも、加害者が公正な処罰を受けることが皆無に等しい無法地帯であるため、最も効果的な武器となっている。
 戦争では、常に弱い女性と子供が犠牲者になる。とりわけ、コンゴで膨大な人々の性被害者を生み出している最大の理由が、国土の豊かさに起因するというパラドックスが存在する。
 コンゴ東部ではスズやタングステンだけでなくタンタル、金といった希少金属や貴金属が採掘できる。こうした豊富な鉱物資源を押さえて武装勢力の資金源とするため、これらの地域で性暴力は意図的な紛争手段として利用されている。資源産出地域で性暴力を振るうことで、住民に強烈な恐怖心を植え付け被害者や家族だけでなくコミュニティー全体を弱体化させ、やすやすと支配下に置くことが可能となるからだ。
 コンゴの女性にとって国土の豊かさは不幸の原因だ。豊かな資源は、誰も付けることができない宝石に等しい。
 ムクウェゲ医師は「性暴力はコストのかからない安い武器だ。夫や子供など家族や大衆の前で強姦し、家族の絆やコミュニティーを壊す。6カ月の赤ん坊から、80歳の老婦人が犠牲者になったこともある。しかも、レイプされるのは女性だけとは限らず、男性も時にターゲットになる。人々はトラウマに悩まされ、恐怖に怯えるようになる。レイプされた女性は夫や親族から疎んじられる。生まれた子供は『蛇の子供』と呼ばれ、誰も面倒を見ない」と深刻な実情を告発した。
 同性から強姦された男性被害者が悲惨なケースに陥りやすい現実も、ムクウェゲ医師は指摘した。こうした男性は、女性より復帰が難しく、自殺に至るケースも後を絶たないという。
 武装勢力は結局、強制力を駆使しなくても人々を地域から移動させることができるし、残った人間を奴隷のように働かせることで労働力も確保できる。
 性被害者は、そのうえに往々にして性器に棒や熱した石炭を挿入されるなどの暴行を受ける。
 ムクウェゲ医師は続けた。
 「失禁してしまう被害者が多い。尿意を抑えられない。こうした患者は内科的な治療ではなく外科的処置を施す。それ以上に、心に受けた深い傷を治すためメンタルケアが必須だ。精神科医チームは患者をまず正気に戻すことから始める」
 記者から「いいかげん、嫌になることはないのか。あなたを支えているのは何か」との質問が出た。
 ムクウェゲ医師は静かにマイクを取り、答えた。
 「多くの被害者は当初、絶望状態に打ちのめされるが、時間が少したつと、もっとひどい人の世話をするようになる。自分はそれを見てラッキーだったと思う。彼女たちこそ命を守り、さらにそれを人に与える素晴らしい力を持っている。彼女たちこそが私の燃料だ。それがなければ、人間として耐えられる状態ではない」
 ムクウェゲ氏は、牧師だった父が病の子に寄り添う姿に感銘を受け、医師の道を志した。2012年に国連で演説した後、武装集団に襲われて一時、欧州に避難。だが、コンゴの患者たちからパイナップルで航空券を買うからと帰国を懇願され、翌年、拍手の中で病院に戻る。
 「私には、あの日の拍手が生涯最高の拍手だった」と述懐するムクウェゲ医師にとって、ノーベル平和賞のメダルの輝きなど鈍いものでしかないのかもしれない。
 2頭の象が争うと、最も苦しむのは草だ。その痛めつけられた〝草〟に寄り添うムクウェゲ医師は、コンゴと遠く離れた日本が性暴力の部外者ではないことを語った。
 コンゴ東部で産出する希少金属タンタルは、熱耐性とサビに強く携帯端末の部品に使われている。
 「ポケットにある携帯に、そうした紛争地域の鉱物が使われていないか注意を払ってほしい」とムクウェゲ医師は指摘した。

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