書 評
「自民党秘史 過ぎ去りし政治家の面影」 岡崎守恭著
永田町には猛獣も猛獣使いもいた
タイの国会は、デュシタニ動物園の隣に建てられている。
国王が「政治家というのは吠えるばかりで、動物園の隣がふさわしい」と言ったとのジョークを、バンコクでは何度も聞いたことがある。
永田町も、こうした猛獣が吠えたり噛み付いたりしていたものだ。一方で猛獣使いもいた。ラスベガスで多額の金をすった浜田幸一氏が猛獣なら、それを飼いならした金丸信氏は猛獣使いだった。
かつてわが国の国会は学歴不問の職場だった。今では、海外留学でハクをつけた高学歴の職場に変わりつつある。著者はそれを淋しく感じている。昔は顔のあった政治家が、今では洗練されてスマートにはなったが、顔が見えないことに物足りなさを感じているためだ。日本経済新聞の政治部長だった著者は、規格外政治家に自主傾斜していく。政治の基本は「人」だからだ。
なお、政治部の担当記者には階級があって「玄関記者」から応接間、居間、台所記者へと昇進していくのだという。玄関記者というのは、政治家への朝駆け夜討ちで、自宅を訪ねる際、玄関訪問で終わる段階で、次に親しくなって応接間に上がれるようになり、次に居間でいろいろ話しが聞けるようになり、さらに台所までいければ一丁上がりという。
そうした一丁上がりの政治記者はかつて「箱乗り」ができた。目当ての政治家の車に同乗できる関係を築けば、かなりの情報を入手できる。
ただ、近年は政治家にとって車の中は、携帯などによる機密情報の発信・受信の場でもあり、記者を同乗させる「箱乗り」取材は激減したという。
歴史というほどの昔ではなく、多くの人々の記憶の中にまだ残っている昭和から平成への移行期に照準を合わせた政治家論は一読の価値がある。
(講談社現代新書 800円+税)
「世界10000年の名作住宅」 菊池尊也著
人類史的スパンで住まいの傑作特集
人類最初の住宅は、氷河期が終わる1万年前、放浪する狩猟生活の仮住まいテント生活だったとされる。
そうした人類史1万年のスパンをとった上で、住宅の傑作を集めたのが本書だ。
地中に穴を掘り住居にした中国のヤオトンや、カッパドキアの洞窟生活も結構、環境的には合理性があった。地中は温度が一定で、天然のエアコンとしての機能があったからだ。縄文時代の竪穴式住居も、地面を掘り下げ、地熱が伝わり暖かかった。この竪穴式住居は、石斧でも切断可能な栗の木で梁と柱を組み、茅葺の一部は煙を逃す開口部もあった。
日本では、やがて戦国時代の町家のように柱を地中に埋め込む掘っ立て柱の建築様式へと発展していく。
本書ではその他、シリア北部農村にある紡錘形の住宅「ビーバイブ」と呼ばれる蜂の巣箱型住居や風をつかまえるイランの中庭型住宅、寒さ流入を防ぐため小さい家だった寒冷地のログハウスなど、土地と風土に合わせ智恵が込められた名作住宅を特集する。
版築と呼ばれる板でかたどりして土を入れ棒でつついて固める住宅の下部構造を持ち、上部は木造で仏をまつる部屋も必ずといっていいほど存在するブータンの伝統的住宅も興味を引く。
(エクスナレッジ 1800円+税)
「世界史を変えた新素材」 佐藤健太郎著
文明の変革者「素材」に着目
作曲家のベートーベンやモーツアルトは、後世に名を残した。
だが現在、作曲家が脚光を浴びるようなことはほとんどなくなった。代わりに歌手や演出家が世界的名声を博するようになった。
理由は音楽を記録したり、再現する媒体となる素材が発展したためだ。
昔は生の音楽は、劇場や宮廷ぐらいでしか聞くことはほとんどなかった。昔も素晴らしい演奏家や演出家がいたはずだが、いかんせん、今のように演奏を再現できる記録装置もCDプレーヤーもなかった。
だから、時代を超えて残った紙の楽譜が、後世にまで伝えられた。演奏はいかにすばらしくても、その場限りであり、居合わせた聴衆以外にその感動を伝えることは難かしかったのだ。
20世紀以降、ダイレクトに感動を生み出す歌い手や演奏家が脚光を浴び、作曲家が裏方に回るという大きな変化が起きたのは、記録媒体の変革によるところが大きかった。
本書は、変革をもたらす要因が様々に存在する中、あえて素材に着目し、新素材の誕生が革命にも近い劇的な変化をもたらしてきた歴史に言及する。
この視点が正しいのは、石器時代、青銅器時代、鉄器時代といった時代名称からしても証明される。青銅の剣は、木や石の武器を容易に圧倒しただろうし、地面を深く耕せる鉄製の鍬は、食糧増産を大いに助け、人口増加に寄与した。1つの素材の登場こそは、文明を次のステージに押し上げるジャンプ台になったのだ。
(新潮選書 1300円+税)
「習近平と米中衝突」 近藤大介著
映し出す米中新冷戦の真相
中国は当初、トランプ大統領を誤断した。
TPPから脱退し、ディール優先のトランプ大統領を中国は「商人」と見て、御しやすいと見た。中国囲い込みにもなりかねないTPPに米国が加盟しないことは、中国に朗報だったからだ。
また、トランプ氏の娘のイバンカ氏とその夫のクシュナー氏は、ワシントンの中国大使公邸の近所に引越してきて関係が良好という事情もあった。
中国はイバンカ夫妻に異常接近を試み、イバンカ氏を招待し、彼女のブランドを中国全土で売った。またアリババの馬雲氏はニューヨークを訪れ、大々的な投資を打ち上げた。中国はトランプ氏をカネで操れると考えたのだ。
だから、最初の習近平国家主席の訪米では、いつもどおりシアトル経由でワシントン入りした。シアトルにはボーイング社本社があり、米国製飛行機を大量購入することでバーゲニングパワーが持てるという思い込みがあったからだ。
対北朝鮮制裁で中国が協力したのも、北朝鮮を生贄にすることで、台湾統一を果たし南シナ海を容認してもらえば安いものだと値踏みしていた。
だが、米国の狙いは覇権構築に野心を抱く中国に一撃を与えるというものだ。これはタカ派の共和党だけでなく、野党の民主党も一致した国家意思になっている。
高関税付与は、トランプ大統領にとりディールの一手段にすぎない。米国の狙いは中国の知的財産権侵害と企業買収を阻止し、技術スパイをブロックし、5Gに代表される次世代通信技術をファーウェイやZTEには絶対に渡さないことにある。覇権を維持するには、軍事力だけでなく技術力や産業力保持が欠かせないからだ。
世界覇権掌握の野望を抱く中国を、いま叩かないと大変なことになると確信した米国の真意を明らかにした本書は、米中新冷戦の真相を映し出している。
(NHK出版新書 820円+税)
「愛の右翼 赤尾敏」 赤尾由美著
「赤貧の預言者」活写
「右翼の活動家」とか「テロリストの親分」といった怖いイメージで語られる大日本愛国党総裁・赤尾敏。
本書は、明治に生まれ、大正・昭和を生き抜き、昭和天皇が崩御された翌年の平成2年になくなった赤尾敏の人生を、姪の由美氏が回顧する。
戦後、赤尾敏の職場は、銀座4丁目の数寄屋橋交番前だった。大塚の自宅から定期券を購入し、銀座まで電車で通っていた。雨の日はお休みで、晴れの日に辻説法に立った。晴耕雨読ならぬ、赤尾の晴吼雨読生活だった。
赤尾の主張は「国体護持」「反共・愛国」というシンプルなもので、「ソ連にだまされるな。社会党、共産党は国賊だ」といつも怒っていた。返す刀で、自由民主党にも容赦しなかった。時の総理大臣も赤尾にかかっては、小僧扱いだ。中曽根首相にも、「自分の立身出世のためには手段を選ばない奴だ」とコテンパンだ。
スイッチが入ると突然怒鳴りだし、街宣車の上に立ち、髪を逆立て目をカッと見開く姿は仁王様だった。
赤尾のすごいところは戦前「日米英は反共で一致する」として、強力な反共連盟を築けば、ソ連の野望である日本の赤化を防ぎ、アジアの解放も新東亜の建設もできると主張し続けたところだ。
石油やゴムなどの資源を求めた南進論が優勢な中、真の敵はソ連だとし、米の経済制裁で「英米撃つべし」と国論が流れていく中、非国民扱い覚悟で親英米運動を展開した。一歩誤れば、日本はソ連と英米を腹背の敵として迎えかねないとの危惧があったからだ。
亡くなる前年、赤尾はテレビ取材で「一番ほしいものは何か」と問われ「金がほしい」と答えている。「金がなけりゃ、何もできないもの。僕はね、若い頃から空想家で金のことを考えないでやってきたんだよ。90歳のいまごろになって金の必要なことに気づいたんだ。遅いよ。そうだろ」と言う。実際、何着かのスーツ以外に私服はなく、ステッキ一本が財産だった。
聖書にはイナゴを食べて糊口をしのぐ「荒野の預言者」が出てくるが、赤尾は「赤貧の預言者」だった。預言というのは、かってな自己主張や思い付きの未来を予言することではなく、天から預かった言葉を発する人を言う。
(マキノ出版 1200円+税)