松田学の国力倍増論(18)

悪化する日韓関係が突き付けた日本の課題

 平成の30年とは、日本が主要国の中で最も経済成長をしなかった30年であったとともに、平成時代当初の湾岸戦争から提起され続けてきた、ポスト冷戦時代に日本はいかなる方法で平和を確保する国になるのかというテーマに答を出せなかった30年でもあった。

法の支配と国際情報戦

 憲法9条と日米安保に頼る平和という枠組みは、世界のどの国もがルールを守ることを信頼できることが前提だが、最近の日韓関係はルールを守らない国が存在する国際社会の現実を痛感させた。米国も一国主義に転換し、トランプは日米安保への疑問まで表明した。

 自衛隊は既に国民に定着し、改憲の必要はないとの声も強いが、「法の支配」を国是とすべき日本国の基本ルールたる現行憲法は、9条2項で交戦権を明確に否認している。条文を素直に読めば、自衛のための武力行使もできないのが日本である。政府の憲法解釈は、憲法前文の平和的生存権などを援用して何とか自衛隊の合憲性を導き出しているが、理屈を重ねて無理をした曖昧な解釈であることは否定できないのではないか。

 韓国に対してルールの尊重を説く日本国であるならば、自衛権の行使も解釈の余地のない明確なルールのもとで宣明できる必要があろう。武力を使えず、国力も低下した国は、当然、舐められ、韓国のような国との関係を悪化させる元凶にもなる。そろそろ日本としての平和維持のルールに明確な答えを出さねば、真に令和時代を迎えられないと感じる。

 さて、世界の安全保障のためにやむを得ずとった今回の韓国に対する日本の貿易管理措置について、韓国は「世界中のスマホの値段が上がる」などと国際的プロパガンダを展開したようだ。歴史認識も従軍慰安婦問題も、いずれが正義なのか

は、何が真実なのかよりも国際世論がどう思うかで決まることを日本は何度も経験してきた。スマホの値段と世界の安全保障と、いずれが大事か?これは日本が打ち出すべきカウンターナラティブだろう。

 しかし、残念なことに、日本の閣僚たちの日本語的な発想での発言では、正義も真実も海外メディアには伝わらないようだ。国際情報戦の専門家によれば、韓国外相からの「一方的で恣意的な措置」との非難への河野外相の反論「何を根拠に批判しているのか分からない」も、英語ではI don’t know…に、「輸出管理は国際社会における日本の役割だ…」も、韓国とは関係ないドメスティックな都合…ととられてしまうそうである。

 こういう時は、協議を申し入れたが、韓国は出てこなかった、この措置はWe are forced to…だった、と直ちに応じ、具体的な事実を突きつけて解釈の余地を与えない反論を即座に行うことが必要である。事実としては、①文在寅政権になってから韓国からの不正輸出の摘発数が急増、②繰り返し密輸をする企業があるが、刑事罰はどこにも科されていない、③不正輸出の事案が現にある、④フッ化水素で行き先が判明しているのは70%、残りの30%を追及しても明確な回答はない…。一件ごとの輸出審査を省略する特例措置を継続できるだけの信頼関係が、協議に応じない韓国との間で維持できないのは至極当然であろう。

国際世論で大事なのは、世界で報道される日本政府トップの発言だ。明快な論理で、間髪を入れずメッセージを発する用意が不可欠。国際世論危機管理能力の構築が急がれる。

GSOMIA破棄と可哀そうな韓国民

 韓国は日本との間のGSOMIAの破棄を決定するに至ったが、本協定で韓国との間で交換されてきた情報は専ら北朝鮮のミサイル関係であり、日本は世界で最も精度の高い情報を米軍横田基地から得ているため、実害はない。むしろ、韓国のほうが日本のイージス艦からのミサイル情報をとりにくくなる。どう考えても自身のためにならない韓国の決定の理由とされる日本の貿易管理措置は、韓国が言う徴用工問題等への対抗措置ではなく、かつてのCOCOMに代わるワッセナーアレンジメントという国際協定のもと、輸出元としての義務を果たすためのものに過ぎないし、禁輸措置でもない。純粋に安全保障上の信頼関係喪失が理由であることも、日本政府は早い段階から丁寧な説明を発信すべきだった。

 日本が安全保障を理由に信頼関係がないと言うなら、安全保障のための協定であるGSOMIAを続けるだけの信頼関係もないことになる…と、ああ言えばこう言う、自己正当化のために相手に責任転嫁して屁理屈を重ねる韓国の国際的信用こそ問われるべきだろう。

 この文政権のもと、最も可哀そうなのは韓国民かもしれない。韓国の一連の動きを合理的に説明しようとすれば、文在寅大統領が北朝鮮主導による南北統一を本気でめざしていると解するしかない。しかし、専ら米国の方を向いている北朝鮮が最近は韓国には厳しく当たっているように、韓国民にとってハッピーな統一になるのか疑問であろう。

 経済の低迷もあって支持率が低下し、ナショナリズムとポピュリズムを結び付けて日韓関係を政治的に利用している文政権は「左派独裁政権」、来年春の総選挙に向けて、与党が半永久的に政権を維持できる選挙制度と、政府与党に不利な捜査を不可能にする機関の新設を準備しているという話も聞こえてくる。韓国民は文政権のもとで民主主義も失うのか。

経済面でも、素材や部品などの生産財の日本への依存体質から脱却できないのが韓国経済。経済不振の打開のために金融緩和をしようにも、それで懸念される通貨危機の歯止めになるとされる日韓通貨スワップ協定も、その再開は望み薄。韓国民は雇用も失うのか。

 韓国の世論も、韓国民は正しい情報にもアクセスできないのかと思わせるものだが、長年の反日教育で事実を曲解する思考回路しか植え付けられていないとすれば、それも韓国民の不幸であろう。その韓国内で賛否両論、話題となっている「反日種族主義」という本には、「歴史問題に関する嘘や無知、誤解に基づく韓国の『反日』は、未発達な精神文化の表れであり、これを克服しなければ韓国社会の発展はない」と記載されているそうである。

東アジアの地政学的な環境変化に
対する備えを

 ルールを守るのが日本や国際社会の価値観なのに対し、日韓基本条約に平気で違反する韓国の価値観とは、間違ったルールは破る…。そもそも異質な民族が平和的に共存する基礎は「法の支配」だ。ルールを破る国が国際社会の中で待っているのは自殺への道ではないか。自国の運命は自ら決するのが民族自決の原則だとしても、他国には迷惑をかけないでほしいものである。GSOMIA破棄で最も怒ったのが米国であるように、今後、ユーラシアは中露の支配が一層強まる地域になるのか。朝鮮半島の「赤化」で、日本や米国、自由主義陣営全体にとって中国の覇権がますます大きな脅威になるのか。日本の軍事フロントもいずれ、38度線から対馬海峡へと後退することになるのか…。

 現在の韓国に対しては、国際情報戦に対抗するタクティクスは必要だが、日本が同じ土俵で喧嘩をする相手ではなく、ルールの大切さを諭しつつ、未熟な子どもの成長を見守るのが基本姿勢なのかもしれない。その際、相手の立場への過度の配慮や甘い態度は禁物であろう。逆に、韓国につけ入る隙を与え、かえって日韓関係を損ねるタネを撒くことになることを私たちは歴史から学ぶべきではないか。「貸すも親切、貸さぬも親切」と言われる。

 むしろ、日本としてそろそろ真剣に考えるべきなのは、自主防衛力の強化も含め、東アジアの全体秩序の中での自国を取り巻く地政学的な環境の変化にどう向き合うかであろう。

松田学
松田政策研究所代表
元衆議院議員
未来社会プロデューサ
【プロフィール】1981年東京大学卒、同年大蔵省入省、内閣審議官、本省課長、東京医科歯科大学教授、郵貯簡保管理機構理事等を経て、2010年国政進出のため財務省を退官、2012年日本維新の会より衆議院議員に当選、同党国会議員団副幹事長、衆院内閣委員会理事、次世代の党政調会長代理等を歴任。

松田学