日本維新の会代表 松井一郎氏退任に思う

日本経営者同友会会長 下地常雄

「地位は人をつくる」

3年前、本誌で私は「松井一郎大阪市長が日本維新の会の代表として実質的な顔となっている」ことに異議申し立てを行った。
当時、共同代表は片山虎之助参議院議員だったが、大阪市長という地方自治体の首長が国会議員を押しのけるようにして、国政政党の顔になっていることに違和感を覚えたからだった。

しかし、松井氏の引退表明をテレビで見た時、正直、私の不明を恥じた。

松井氏は堂々としていて、曇りのないすっきりした顔をしていた。

自分が勝手に思い描いていた松井氏のイメージとは全く違っている穏やかな顔に驚いた。そして、自分の思い違いを反省した。

松井氏は、「地位が人をつくる」典型だとも思った。

引退表明は何かトラブルがあったとかではなかった。自分でちゃんと人生のゴールラインを引いていたのだ。いわば勇退だ。

夏の参議院選では、維新は比例代表で8議席を獲得し、選挙区の4議席とあわせて12議席となり、改選前の2倍に伸ばした。その党首であれば、選挙大勝の勢いを駆って何でもできる立場だ。欲深い人間であれば党首の報酬をお手盛りでアップしたり、党内人事のちゃぶ台返しも可能だった。

地位に恋々としがみつく世の中にも拘わらず、松井氏は自らが育て上げた維新をあっさりと手放し、潔く後進に道を譲った。

これからは一線を退き、同党顧問として見守る。

8月下旬の段階で松井氏は、来春の市長任期満了での政界引退に伴い、党員も辞める意向を示していた。松井氏は市役所で記者団に「維新の党員も辞めて、一切、政治とは距離を置いていこうと思う」と述べていたのだ。

清廉で有能な人材は、周りが楽隠居を許さぬものだ。

維新発足以来、いつも最前線で戦ってきた松井氏にしか見えぬ世界があるはずだ。

維新が政治の霧に包まれ、立往生しそうになった時、その道を踏み外さぬよう大局的視点から指南する時も訪れると思う。

松井氏には命ある限り、いつまでも維新を見守っていただきたい。

戦後政治は自民党政治が長期政権を維持してきた。だが長期政権は緊張感を欠き、利権構造の泥沼に足をとられがちとなる。

民主党は一度、政権奪取に成功したが、中身のないスローガン政治ですぐに馬脚を現した。

小選挙区制による選挙制度こそは、わが国に二大政党制を根づかせる夢の選挙制度だと思われてきたが、一強多弱の政治風土しか残すことはなかった。

それでも維新が今夏の参議院選で躍進したのは、今までの政治とは違ったものを国民が求め始めている証左だろう。

軍事大国の道を驀進する中国の台頭や核兵器開発に余念がない北朝鮮、戦争を始めたロシアなど、わが国をとりまく安全保障が危うくなっている。平和憲法を守っていれば戦争は免れると考える革新政党とは一線を画する新保守政党の活躍を祈るとともに、現役を退く松井氏の名伯楽ぶりに期待したい。

しもじ つねお

1944年、台湾生まれ。宮古島育ちの沖縄出身で歴代米大統領に最も接近した国際人。77年に日本経営者同友会設立。レーガン大統領からトランプ大統領までの米国歴代大統領やブータン王国首相、北マリアナ諸島サイパン知事やテニアン市長などとも親交が深い国際人。93年からASEAN協会代表理事に就任。テニアン経済顧問、レーガン大統領記念館の国際委員も務める。また2009年、モンゴル政府から友好勲章(ナイラムダルメダル)を受章。東南アジア諸国の首脳とも幅広い人脈を持ち活躍している。

日本経営者同友会会長 下地常雄