デジタル人民元、実験都市拡大ドル基軸体制突き崩しへ橋頭保
中国がデジタル人民元発行に向けた布石を打ってきた。当初、深圳で始まったデジタル人民元の実証実験は、北京市内や天津市、上海市、広州市、重慶市など主要都市を網羅する国内28都市に広げられた。
中国政府とすれば、デジタル人民元を使った個人どうしでの決済機能など必要な技術と安全の担保などを早急に確立したい意向だ。
10月23日には中国人民銀行(中央銀行)が、法定通貨の人民元にデジタル通貨を加えることを盛り込んだ中国人民銀行法改正案を公表した。
深圳の実証実験では、4万7573人が1人200元(約3100円)ずつ受け取り、合計876万4000元の決済を行っている。
中国が考えているデジタル人民元の世界的なお披露目の場は、2022年2月に開く北京冬季五輪だ。それまでに正式な発行をめざしている。
今後行われる実験では、決済以外の新機能にも踏み込んでいく方針で、スマートフォンどうしを近づけるだけで受け渡しする仕組みなどがある。これが成功すれば、デジタル人民元がスマホだけあれば決済や送金が可能となり、紙幣や硬貨を手渡しする感覚でやり取りできるようになる。
デジタル人民元の特徴は簡易さにある。正式発行時には携帯や銀行口座の番号を登録しなくても使えるようにする。中国の携帯や口座、身分証がない外国人の利用も想定したもので、単に国内の金融制度を便利なものにしようというだけの発想ではない。
中国がデジタル人民元発行で狙う遠大なターゲットは、ドル基軸体制の突き崩しにある。北京冬季五輪で使用することで一気に世界的認知を獲得することも可能となり、国際的スポーツの祭典をその橋頭保としたい意向だ。
基軸通貨というのは政治力や軍事力とも絡んでくるものだ。
何より安全保障を担保できる軍事力と政治力がなければ、ローカル通貨から一気に基軸通貨に昇り詰めることは土台、無理だ。「有事のドル」と言われるのは、世界一の軍事力を持ち圧倒的な政治力も期待できるドルへの信任があるからだ。ちょっとした戦争や紛争で国家の安全が損なわれるような国の通貨は、いくら便利で経済的繁栄があったところで、一時的なあだ花でしかなく、最終的な信用を置くわけにはいかない。その意味では、安全保障と基軸通貨というのは双子の兄弟のようなものだ。
戦後、4分の3世紀以上もの間、国際金融の世界で続いているドル基軸通貨体制に何とか風穴を開け、国際金融の世界で人民元の活動領域を広げたいというのが中国の本音だ。そのための今回のデジタル人民元実証実験だ。
ドル基軸通貨体制を支えている1つの柱は、石油購入の決済通貨がドルであることだが、近年、中国は米国の経済制裁対象となっているイラン原油の購入の際、人民元建てによる決済となっている。
さらに、デジタル人民元で企業間や個人どうし、さらに企業と個人間の決済で使用可能となれば、金融世界のドル基軸体制を突き崩せるパワーを中国が持つことにもつながりかねない。
少なくともそうした野心を持っているのが中国だ。
国際間の決済は貿易、サービス、投資、送金にドルを必要とするが、これに代替できるのはユーロ、スイスフラン、英国ポンド、そして日本円だ。この国際間決済で直近のドルの比率は59%、ユーロは欧州域内の決済が多いが25%前後あり、日本円は3%台だ。
しかし、人民元は1・5%程度でラオス、カンボジア、ベトナム、タイ、ミャンマーなどでしか通用しない。ただ中国が一帯一路構想で狙っているユーラシア経済圏構築に弾みがつけば、決済や送金費用が安く便利なデジタル人民元が一挙に浮上してくる可能性は否定できない。
デジタル人民を国内で実験し流通を試みているものの、人民元が、IMFのバスケット通貨でありながら国際的にはハードカレンシーには認められていないことへの戦略見直しとの側面もある。
米国はドルを通じて国際決済の覇権を握り、ドル決済網からの排除を対立国への制裁に使ってきた。
だが、覇権の上にあぐらをかけば、歴史がそうであったように、いつか覆されるリスクが存在する。
フェイスブックのザッカーバーグ氏は、一億人ちかい難民や銀行口座を持たない貧困層17億人を対象にスマホだけで送金や決済できる暗号通貨リブラを提案した。手数料が安く社会的に有益と説いたものの結局、「規制されない暗号通貨は、麻薬取引やテロ資金など違法行為の温床となる」との理由から、リブラは封印された格好となった。
その間隙を縫ってのデジタル人民元の登場だ。デジタル人民元が世界で普及すれば、中国に対する米国の優位は弱まる。デジタル通貨を巡る緊張が高まりつつある。