サナエノミクスと12のメガトレンド

不動産コンサルタント 金川 彰

不動産価格の構造変動

首都圏のマンション価格は高騰を続けている。不動産経済研究所の4~9月調査では、東京23区の新築マンション平均価格は前年同期比20%増の1億3309万円。10年前のほぼ2倍という水準だ。首都圏全体でも平均9489万円と1億円に迫り、価格上昇は一段と加速している。背景には、円安に伴う外国人投資家の「爆買い」がある。土地白書によれば、海外投資家の年間購入額は前年比63%増の9397億円となり、中国を中心に移住・投機目的の取得が目立つ。
 こうした状況を踏まえ、市場では短期転売禁止などを含む規制案が浮上している。高市早苗首相は11月4日の関係閣僚会議で、国外居住者によるマンション取引の実態調査を急ぐよう国土交通省に指示。新政権が外国人取引規制や短期譲渡への課税強化に踏み切れば、加熱する都心マンション市場には変調が起きうる。1987年に実施された所有2年以下に高税率を課す「超短期不動産譲渡課税」の復活を求める声もあり、外国人だけでなく日本人の短期売買も抑制される可能性がある。
 サナエノミクスが掲げる政策は、こうした価格動向と密接に関わる。象徴的なのが「プライマリーバランス黒字化目標の時限的凍結」だ。財政再建より経済成長を優先し、大規模な財政出動を容認する姿勢は、公共事業の本格拡大につながる。特に国土強靱化計画はその中心であり、道路・橋梁・港湾・堤防・送電網など、老朽化したインフラの補修・再整備が全国規模で進む見込みだ。この“インフラ投資特需”は大手ゼネコンのみならず、各地の中小建設業者にも恩恵をもたらし、建設・不動産業界の底上げ材料となる。
 経済安全保障の観点からも、国内サプライチェーン強化に向けた工場や研究拠点への補助金が拡充される可能性がある。各地で工業団地の開発や周辺インフラ整備が進めば、地域ごとの不動産需給にも波及効果をもたらす。また、積極財政は長期金利を押し上げるため、多額の有利子負債を抱えるデベロッパーや建設企業には負担となり、金融環境の変化は開発計画のリスク要因ともなりうる。
 では、不動産価格の構造変動はサナエノミクスだけで説明できるのか。実際には、より長期的で不可逆的な「12のメガトレンド」が市場の構造を根底から変えつつある。

①人口動態の急変と東京一極集中の行方
 出生数の急減により生産年齢人口は減少し、住宅需要の伸びは鈍化が不可避である。東京回帰は続くものの、札幌・福岡・名古屋・金沢など地方中核都市への再評価が進み、「一極集中の揺らぎ」が始まっている。
②建築コストの高止まり
 職人不足、資材高騰、物流2024問題、省エネ基準の義務化などが重なり、新築価格は構造的に上昇。結果として、中古・築古物件が相対的に底堅さを保つ。
③円安による運営コスト上昇
 修繕費や運用コストの上昇が外資ファンドを直撃する一方、インバウンド回復でホテル・民泊は好調。セクターごとに明暗が分かれる。
④空き家問題と政策転換
 1600万戸に迫る空き家に対し、固定資産税の見直しや管理義務強化が取り沙汰されている。空き家再生ビジネスは巨大市場になりつつある。
⑤不動産テクノロジー(PropTech)の進化
 AI査定、VR内見、自動募集、賃貸管理DXが普及し、中古再販企業の台頭が市場構造を変えている。
⑥ タワマンの二極化
 災害リスクの顕在化や修繕積立金不足により、タワマンの資産価値は管理体制で二極化。
⑦ 相続・税制の再編
 タワマン節税の厳格化や相続土地国庫帰属制度の開始により、富裕層の不動産戦略は抜本的見直しを迫られる。
⑧ オフィス市場の再編
 リモート普及の結果、一等地はむしろ価値上昇。一方で周辺部や郊外は空室率上昇。オフィスは〝量から質〟の時代へ。
⑨ 老朽マンション問題
 築50年超物件の急増で、建替えの合意形成が難航。放置されれば資産価値は急落し、実需層の判断材料として重要度が高まる。
⑩ 金融機関の融資姿勢
 金利上昇局面で金融機関はリスク管理を厳格化し、投資用ローンは審査が重くなる。資金調達環境が価格形成に直接影響する。
⑪ 外国人労働者増加と賃貸需要
 外国人労働者受け入れ拡大により賃貸需要は底堅いが、管理負担も増加し、賃貸管理市場の再編が進む可能性。
⑫ ホテル・民泊市場の再加速
 インバウンド回復により稼働率は急回復。民泊規制緩和も議論され、ホテル開発は再び投資家の主戦場へ。

 以上のことを総括すると、サナエノミクス × 構造変化が「新たな価格体系」をつくるという結論が浮かび上がる。
 不動産市場は現在、政策、金利、為替、人口、テクノロジー、相続、災害リスクなど、多数の要素が重層的に作用する「構造変動期」にある。サナエノミクスが与える短中期の政策インパクトに加え、上記12のメガトレンドが市場基盤そのものを書き換えようとしている。この複雑な環境下では、投資家・事業者・金融機関は従来の判断軸を刷新し、中期視点で「持続可能な資産価値」を見極める戦略が不可欠となるだろう。