書評

『「稼ぐ小国」の戦略』

関山健・鹿島平和研究所編著

教育の充実と柔軟な労働市場く

 最新の一人あたりGDP世界ランキングで日本は36位。韓国は31位、台湾は35位だ。上位10は7位の米国以外は小国で、特徴的な国家戦略で豊かさを確保している。そこで、故平泉渉鹿島平和研究所会長の「自らは『小国』であるとの認識に基き国家としての目的と手段を再考せねばならない」の言葉が発端で始まった研究会のまとめ。

 ルクセンブルクは衰退した鉄鋼産業に代え、周辺国から優秀な人材を受け入れ、世界屈指の金融センターになった。アイルランドは米国とEUの中間位置を活用し、低い法人税で製薬業とデータ産業を発展させた。スイスは高等教育・社会人教育を充実させ、高付加価値の精密機器、金融、製薬で稼いでいる。

 シンガポールは世界の物流、金融、情報のハブとして繫栄を獲得した。もっとも、強権的な開発独裁はまねできない。アイスランドは豊富な水力・地熱発電でクリーン・エネルギーを求める外国企業を引き付けている。酪農王国として日本もモデルにしたデンマークは、高い教育水準と柔軟な労働市場で生産性と付加価値を高めている。国民の不幸を徹底して取り除いたので、老後の心配はないという。

 では日本は何を学ぶべきか。第一に高等教育・社会人教育の充実である。短時間で稼げれば、余暇と休暇を楽しめる。それを可能にするのが柔軟な労働市場で、終身雇用は過去の遺物にすべき。自分の成長を優先する国民の意識改革も欠かせない。    (光文社新書、1100円)

『匿名への情熱』

和田純著

政治と学識を結んだ楠田實

 産経新聞の政治記者だった楠田實が、ケネディ米大統領の知的ブレーンとの対話に基づく政権運営を知り、佐藤栄作に同様の仕組みを提案したのは佐藤内閣誕生の1年前。その後、首席秘書官になった楠田は多くの知識人の協力を得て献策し、佐藤の公式発言すべてにかかわる。それは福田赳夫、安倍晋太郎へと引き継がれた。

 楠田の呼びかけに応えたのは、梅棹忠夫、高坂正堯、京極純一、江藤淳、永井陽之助、若泉敬など、現実主義な中道保守の人たち。国際交流基金で楠田の部下だった著者は、「知のサロン」を40年続けた楠田の原動力は「匿名への情熱」だったと言う。

 極貧のなかで生まれ育った楠田は陸軍少年戦車学校を経て中国に出征、米軍機の機銃掃射で左小指を失くした。戦後、米軍キャンプで働きながら早稲田大学に入学し、27歳で卒業する。それらの体験が、経済優先、戦争阻止の信念を形成した。楠田が情熱を傾けたのは、戦争で失った領土を外交で取り戻す沖縄返還で、佐藤の密使となる若泉を紹介している。

 佐藤内閣の懇談会を田中角栄にも頼んだが、「わしはそんなものいらん」と。拙速な日中国交正常化の背景には長期ビジョンの欠落がある。「沖縄の次は北方領土」が楠田の目標で、安倍晋太郎にそれを託したのだが、ソ連崩壊と安倍の病気に阻まれた。

 「新たな文明を創出してこそ、政治は〝本物〟となる」という楠田は「知の遊水地」を守り続けた。

(吉田書店、3960円)

『食料安全保障と農政改革』

荒川隆著

消費者交え合理的な価格形成を

 近年、食料安全保障の重要性が認識されたのを背景に令和6年、食料・農業・農村基本法が改正された。農水省で食糧部長や畜産部長、農村振興局長を務めた著者が、平成21年の民主党政権下から現在までの農政改革を論じている。

 令和の米騒動の最大の原因は生産者、耕作地の減少に加え、高温障害による米不足で、約700万㌧の需要に対して生産量は約660万㌧だった。背景にあるのは1970年代からの減反政策で、2018年に廃止されたが、実質的には補助金などで続いている。

 政府による米の管理が始まったのは大正7年の米騒動がきっかけで、それを引き継いだ食管法により1967年には米の自給を達成したが、予算が2兆円にも膨らんだ。さらに、一人あたり米消費量は118㌔をピークに50㌔にまで減少したことから、減反政策に転じ、生産意欲が失われた。

 戦後の農政は、一貫して規模拡大による生産性の向上を目指してきたが、中山間地が4割の日本が海外と競争するには国境措置が不可欠である。ところが、環太平洋連携協定(TPP)などで関税は削減し続けている。EUでは農家への直接支払制度で農業を守っている。

 最近の米高で多くの農家が赤字経営から抜け出せたように、著者は消費者を含め持続可能で合理的な価格形成が肝要だとする。農業には食料生産のほかに環境保全や防災、そして何より農地を有する地域社会の維持という大きな役割がある。       

   (日本農業新聞、2200円)

『独裁主義の国際比較』

石井貫太郎編

なぜ独裁国家はなくならないのか

 全世界の4分の3以上の国々は独裁国家であり、全人口の80パーセント以上の人々は独裁国家の国民だとされる。なぜ独裁国家はなくならないのか。そもそも独裁政治とは何かといった素朴な疑問の解明から本書はスタートし、中国や北朝鮮、チェコスロバキアといった求心力の強い典型的な独裁国家の特質にも迫る。

 本書では独裁国家を生み出す最大要因は、国民多数が独裁政治を求める需要があるからだとずばり指摘する。つまり人々が社会的な難問や危機に遭遇した時、その処理を特定の人々の技量だけに頼って解決しようとする場合に独裁政治が生まれるというのだ。このことはヒトラーの独裁政治に言及した2章で、ワイマール・デモクラシー崩壊を論じる中でも詳細に論じている。いわゆる独裁政治は、危機的状況の打開を求める民衆が政治家に強権を付与することで意思決定の迅速さと政策実行能力を期待する結果、誕生する代物だとし民主主義はこの時、独裁政治を生み出す培養器となる。

 とりわけ中国の独裁政治を分析した澁谷司氏による考察が秀逸だ。澁谷氏は中国共産党が国家より上位にある「党治国」中国の現状を指摘する。中国では政府の市長・省長より党委員会書記の方が上位であり事実上のトップでもある。同党以外の友党(8党)は、政権与党を監視する役目を持たず、単なる体制翼賛的政党に過ぎない。

 政権のチェック機能は民主世界では野党とマスコミが持つが、中国ではこれが機能していない。中国のジャーナリズムは党を代弁する口であり喉でしかないからだ。とりわけ習近平体制下でこの傾向が強まった。チェック機能不在はブレーキのない機関車と同じで、いずれ脱線する。 なお編者である石井貫太郎氏は、独裁国家にどう対処すべきかと考察する。その結論は封じ込め政策と非妥協的スタンスの堅持だとする指摘する。西側世界とは価値観が異なる独裁国家には非妥協的な姿勢が重要で、譲歩や妥協は弱みと解釈されることを肝に銘じる必要があるからだ。特に独裁国家の盟主役を担うロシアや中国との交流を可能な限り制限するとともに、彼らの勢力拡大を防止することが肝要だというのは腑に落ちる。特に開発途上国への対応策が参考になる。こうした開発途上国は常に風見鶏的戦略を使用しており、独裁国家より民主国家に味方した方が利益があるような状況を常に作り出すことこそが必要になるという。       (ミネルヴァ書房 3520円)

『コメ壊滅』

山口亮子著

適正な価格形成は可能か

 農水省出身の鈴木憲和農相は就任後の記者会見で、「価格はマーケットの中で決まるべきもの」と断言し、同時に現状で購入できない国民には、お米クーポンなどで対応するとした。「農は国の本」「日本の米は品質で海外マーケットでのチャンスがある」が持論だ。

 需給調整の減反政策はコメ農家の生産意欲を減退させ、後継者不足をもたらした。米価が高騰した今年、国内需要を越える収穫が見込まれている。農家が恐れているのは、生産過剰による米価の暴落だ。日本のコメ生産を維持するには輸出を増やすしかない。大規模コメ農家は明らかに世界を見据えている。

 しかし、中山間地域など米作に不利な地域が、耕地面積の約4割を占める。規模拡大を言いながら、片方では小規模農家の保護も約束する。それが日本の農政の宿命なのである。

 令和のコメ騒動での大きな変化は、消費者が生産者に関心を持つようになったことだ。ウクライナ戦争や円安などで肥料代などが高騰し、コメ農家を苦しめている。後継者不足や農地の減少で、このままではコメの自給が困難になることは、報道などでも明らか。米価は市場で決まるものだが、著者は生産者と消費者の相互理解が重要だと言う。

 昨年、食料・農業・農村基本法が四半世紀ぶりに改正され、農産物の「適正な価格形成」が条文に盛り込まれた。コメ農家が減れば耕作放棄地が増え、農村が衰退する。コメ壊滅は国土壊滅を意味している。

(新潮新書、968円)