米国造船業復活政策

東アジア安全保障に寄与

 米国はアメリカファースト政策の1つに、造船業復活を考えている。かつて造船王国だった我が国も、相応の協力と投資を惜しまない意向だ。ほころびが目立つようになった海洋大国・米国を日本が造船を通じて立て直し、米海軍の力をインド太平洋地域に留め置くことは東アジアの安全保障を担保する上で必須の条件となる。

 中国の広域経済圏構想・一帯一路は、ユーラシア大陸の東西を陸と海で結ぼうというものだ。中でも海の一帯一路は、物流ルートであり安全保障の要だ。だからこそ大陸国家の中国が海洋進出を果たす上で必要となる、艦船の補給やメンテナンスを行う港湾基地建設を粛々と行っている。

 欧州連合(EU)の執行機関、欧州委員会のアポストロス・ツィツィコスタス運輸委員は2025年5月、欧州の港湾は「安全保障を再検討し、外国企業の進出をより慎重に調査する必要がある」との通達を企業向けに出した。中国遠洋運輸集団(COSCO)や香港に拠点を置くハチソンは現在、EU全域で30以上のターミナルに株式を保有しており安全保障上の懸念が高まっているからだ。

 ただ地政学では基本的に「大陸国家が海洋大国を指向すると破綻する」というのがテーゼとなっている。冷戦で敗北したソ連や第一次世界大戦や第二次世界大戦で敗北したドイツが、その典型だ。

 海洋国家を軍事面で支える海軍力の維持には、莫大な資金と技術開発力の投入が必須となる。空母や軍艦といった艦船は、最新科学の集積体でもあるからだ。大陸国家が海洋大国を目指す上での壁は、この経済的矛盾にある。

 ただこの地政学的テーゼの例外とされるのが、ローマ帝国と米国だ。

 米国は元来、大陸国家だ。フロンティア精神をバックに東海岸から西進していった米国はメキシコとの戦争でカルフォルニアを得た後、海洋国家の色彩を強めていく。海の覇者であった英国は、第二次世界大戦を境に衰退し、その穴を埋めたのが米国だった。

 だが米国の海運・造船業の衰退は近年、著しい。中国と対峙する米国の海洋国家としての基礎体力は、著しくそがれてしまっている。

 造船能力で米国の世界シェアは1%にも満たない。現在の造船において世界トップシェアを誇るのは、50%を握る中国であり、2位は25%の韓国、3位が15%の日本だ。

 その米国から日本へ造船業復活に向けた支援と協力を求められている。

 ジョン・フェラン米海軍長官は来日した25年4月、防衛大臣と会談した際、米海運および造船のテコ入れを図ろうするトランプ政権の政策方針への協力を求めた。

 日米関税協議においても造船分野の対米協力が浮上したが、歴史的にみれば日米同盟の絆を太くするというだけでなく、海洋覇権への野心を隠さない中国をけん制するバリア形成が構築できるかどうかの焦点となるのが造船業の復活課題だ。

 海上権力史論を書き上げたマハンは、覇権構築の基礎力となるシーパワーは軍艦だけでなく商船や造船力、メンテナンスや補給を担うドッグや港湾施設といった総合力だと説いた。

 そのシーパワーの一角を担う米国造船業復活に日本の出番があるとするなら、それは日米関税交渉のカードとして使うというより買ってでも申し出ていい歴史的意義があるものだ。シーレーンの維持こそは、島国日本の生命線だからだ。

 東アジアの安全保障を考えれば、日韓が協力して米国の造船能力向上に動けばベストだが、まずは優れた造船技術を持つ日本が率先して、その道筋をつけておく必要がある。

 日本の造船会社が所持しているドッグなど、艦船の修理や保守作業に必要な備品や熟練工などがそろっている。インド太平洋で動く米海軍がハワイや西海岸に帰ることなく、修理・メンテナンスができるようであれば効率的運用にも寄与することにもなる。日本の造船会社が米国に進出し、船舶建造ビジネスを始めることも可能だろう。

 こうした米国の造船業復活に向け、日本製鉄のUSスチール買収も寄与することになる見込みだ。造船業において使う最大の素材は鉄だ。大造船所の隣りに製鉄所が作られたのも、そうした背景がある。