西側諸国分断へ動く中国
強固な日米同盟深化必須に
高市政権
パワーシフトする世界で日本外交を取り戻す
自民党の高市早苗総裁が第104代首相に就任した。わが国の憲政史上、初の女性総理の誕生である。高市首相は「外交・安全保障で国益を守り抜く」決意を示すとともに、経済対策最優先の考えを強調した。しかし、国内外に山積する難題は多い。それらの課題にどう立ち向かい、未来を切り拓いていくのか、展望した。
高市首相は10月24日、第219回国会で初の所信表明演説を行った。冒頭、「私は日本の未来を切り拓く責任を担い、この場に立っている」とし、「今の暮らしや未来への不安を希望に変え、強い経済を作る。そして、日本列島を強く豊かにしていく。世界が直面する課題に向き合い、世界の真ん中で咲き誇る日本外交を取り戻す。絶対にあきらめない決意をもって、国家国民のため、果敢に働いてまいる」との決意を表明した。
高市首相が取り組むべき課題の第一は、パワーバランスの歴史的変化と地政学的競争の激化に伴い大きく揺らぐ国際社会の中で、どう「日本外交を取り戻す」かだ。そのためにまず不可欠なのは、日本の外交・安全保障政策の基軸である日米同盟を強固に確立し直し、両国が直面する課題に対し、しっかりと連携することである。そのための早速の試練が、所信表明演説のわずか3日後、トランプ米大統領の約6年ぶりの来日により訪れた。
両首脳は翌28日、東京・元赤坂の迎賓館で初めて対面で会談。高市首相は、「日米同盟の新たな黄金時代を共に作り上げたい」と表明し、主体的に防衛力強化に取り組む考えを伝えた。これにトランプ大統領も「日米は最も重要な同盟国だ」と応えた。さらに、大統領は、大統領専用ヘリ「マリーンワン」で首相と共に米海軍横須賀基地(神奈川県横須賀市)を訪問。停泊中の原子力空母「ジョージ・ワシントン」上に設けた演台に首相を上げて肩を抱き寄せ、「彼女は勝者だ。本当に近しい友達になった。日米同盟は世界で最もすばらしい関係だ」と紹介。首相は何度も跳びはねながら右手を突き上げ、約6千人の米兵らの歓迎に応えた。
自民党関係者は「首脳会談前には、首相と大統領との相性の良し悪しを推測する議論もあった。だが、これまでの日本の総理には見たこともない明るい力強い言動で、両者の呼吸はピッタリ。安倍晋三元首相への哀惜の念と両者の築いた信頼関係がベースとしてあったろう。首相はそれをしっかりと引き継ぎ、さらに強固にした」と強調した。トランプ大統領が「私はあなたに知っておいて欲しい。聞きたいこと、疑念に思うこと、知りたいこと、してほしいこと、日本のためにできることがあれば言ってくれ。われわれは駆け付ける」と親愛の言葉を掛けたほどだ。「安倍氏と『世界で最も偉大な同盟』と認め合った同盟関係を新たな黄金時代へと発展・深化させることが課題だ」と先の関係者は続けた。
その試金石となるのが中国との関係だ。習近平国家主席は、石破茂、岸田文雄、菅義偉氏など歴代首相の就任時に祝電を送ってきたが、高市首相には送らなかった。安倍氏と同様の対中強硬派と見なしていたためだろう。そのため、アジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議出席のため訪問した韓国で、習主席との首脳会談は当初、実現が難しいとみられていた。しかし、トランプ大統領の来日中に発信された日米同盟関係の強固さや、高市首相の高支持率などにより、応じるか否か決めかねていた中国側が交渉相手とせざるを得ないと判断。最終日の10月31日、初の日中首脳会談が実現した。
会談では、日中双方の共通利益を拡大する「戦略的互恵関係」や「建設的かつ安定的な関係」の推進を確認。一方で、首相は「日中間には懸念と課題もあるが、それらを減らし、2カ国の理解と協力で具体的に成果を出したい」と呼び掛け、具体的に、尖閣諸島(沖縄県石垣市)を含む東・南シナ海での覇権主義的な活動、台湾周辺の安定の重要性、中国在留邦人の安全確保、香港、ウイグル自治区での人権状況などの懸案を率直に伝えた。
「度胸を持って言うべきことを言いつつ、対話の窓口を閉ざさない対中抑止という安倍外交の手法を踏襲したものだ。ひとまずは成功と見ていい」とマスコミ関係者は指摘する。ただ、問題は、中国によるレアアース(希土類)の輸出規制問題など、経済・貿易政策を巡る中国の対米優位が顕著となり、それが米国の世界戦略に大きなマイナスの影響を及ぼし始めている状況の中で、今後、日本が対応を決定していかねばならないという不安定要素が急浮上してきている点だ。
トランプ大統領と習主席は10月30日、韓国・釜山で約1時間40分にわたり協議。米国が問題視したレアアース輸出規制の導入を1年間延期すると発表。トランプ氏は合成麻薬「フェンタニル」の米国流入問題に中国が取り組むとして、対中関税を10%引き下げる方針を示した。トランプ氏は終始、「彼(習主席)は偉大な指導者だ」「今後長期にわたり、われわれは素晴らしい関係を築いていく」などと持ち上げ、習主席をヨイショして対立緩和へ前向きな姿勢を演出した。「10点満点で12点」の成果だったと自ら評価した。しかし、「実際はレアアースや半導体の規制について何の戦略もなく、完敗だった」との指摘もある。
こうした米国の〝限界〟を見定めた中国によるAPEC首脳会議での米同盟国・友好国の切り崩し工作には目を見張るものがあった。「米国第一」を掲げるトランプ政権に動揺する参加国首脳を前に、「アジア太平洋地域の発展にさらなる活力と原動力を注ぎ、人々により多くの幸福をもたらしたい」と演説した習主席は「多国間貿易体制」の擁護者としての印象付けを図り、米国に代わって中国が国際協調体制をリードすることに意欲を示したのだ。トランプ大統領は米中首脳会談を終えてAPEC開幕前日に帰国してしまったため、APECの国際舞台は習主席の独壇場に化したといっても過言ではない。
安倍元首相は「地球儀を俯瞰する外交」の視点から対中包囲網を戦略的に構築し、「自由で開かれたインド太平洋」構想を主導した。しかし、トランプ大統領の対中戦略に変化が表れてきている中で、高市首相は同構想を展開できるのか。所信表明演説では、同構想を「外交の柱として引き続き力強く推進し、時代に合わせて深化させていくとともに、そのビジョンの下で、基本的価値を共有する同志国やグローバルサウス諸国との連携強化に取り組む」としたが、「世界の真ん中で咲き誇る日本外交を取り戻す」ことのできる戦略の策定が求められよう。
高市首相と韓国の李在明大統領との初の首脳会談も韓国の慶州で30日、行われた。高市氏は席に向かう途中、日の丸と太極旗に向けてそれぞれ、頭を下げてスタート。「築き上げてきた基盤に基づき、日韓関係を未来志向で安定的に発展させていくことが両国にとって有益だ」と高市氏が強調すると、李氏は「経験を共有して協力できれば国内問題だけでなく国際的な問題もうまく解決していける」と応じた。さらに、ロシアと軍事協力を強める北朝鮮などへの対応に日米韓3か国が連携していく重要性で一致するなど、終始、和やかだった会談は当初、20分の予定を40分に延長して行われた。
高市首相はまた、北朝鮮による日本人拉致問題の解決に向け先頭に立つ覚悟で、日朝首脳会談の開催を北朝鮮側に打診した。首相就任からわずか5日後の、マレーシアで開かれた東南アジア諸国連合(ASEAN)関連首脳会議を皮切りに、日米、日韓、日中の首脳会談に臨み、さらにはAPEC首脳会議までたて続けに外交日程をこなし、日本外交に当面、必要な手を打ってきたと言っていい。これらがどう実を結んでいくのか、高市外交の真価が問われよう。
「安保三文書」前倒し改定へ
急がれるスパイ防止法制定
日本を取り巻く安全保障環境は一段と緊張感を増している。中国、ロシア、北朝鮮が軍事連携をアピールし、北朝鮮は核戦力強化を軍事パレードで誇示するなどの動向に、日本として日米同盟を基礎としつつ、主体的な対応が求められている。
日米首脳会談の冒頭、トランプ大統領は「新たに多くの装備品の注文を受けた」と米国製防衛装備品の購入に謝意を述べた。会談の中でも高市首相は「抜本的な防衛力強化のため防衛費を増額する」考えを伝えた。「特に数字を念頭に置いたやり取りはなかった」(首相)というが、所信表明演説(10・24)で語った国内総生産(GDP)比2%への引き上げ達成の前倒しは既に両者の間では織り込み済みだったとみられる。具体的には、2027年度中に増額する計画を今年度中に前倒しするというものだ。
トランプ大統領が、外交・安全保障政策の基本政策として掲げる「力による平和」は、日米同盟をベースに抑止力の再構築により推進していく。そのため、大統領の任期中の、できるだけ早いタイミングに着手しなければならない。しかも、ヘグセス米国防長官が中国の軍事活動は「喫緊の脅威」であるとし、「中国の威圧的な行動を抑止し、地域の安全を保つために日米同盟は不可欠だ」と指摘する。GDP比3%以上が望ましいとの見解を示す米政府高官もいる。安定財源の確保は極めて困難を伴う課題だが、国家の安全保障のために与野党が知恵を出し合い早急に対処することが求められる。
防衛力の抜本的強化を盛り込んだ2022年12月の国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画の「三文書」の前倒し改定も、高市政権の最重要課題の一つだ。これは連立を組んだ日本維新の会と自民党との合意文書の中にも記されている、両党の約束だ。「歯止め役」の公明が連立を離脱し、自民と外交・安全保障で政策が近い維新に連立の相手が代わったことで、「足かせ」が外れ、やり易くなったと言える。高市政権は、「三文書」を来年末までに閣議決定し、1年前倒しして改定する考えだ。
自民、維新両党は合意文書で、反撃能力を持つ長射程ミサイルの整備、次世代の動力を活用した潜水艦保有にかかる政策の推進をも確認。また、26年通常国会において「防衛装備移転三原則の運用指針」の5類型を撤廃し、防衛産業にかかる国営工廠および国有施設民間操業に関する施策を推進することで一致した。自公間では、5類型の撤廃を求める自民と、類型の追加にとどめたい公明との間でまとまらなかったが、撤廃できれば輸出可能な装備品の幅は広がることになる。
国家の安全保障にとって、国の重要機密情報を守ることも不可欠だ。自民、維新は、脆弱なわが国のインテリジェンス機能の強化が急務であるとし、現在の「内閣情報会議」(閣議決定事項)を発展的に解消し、来年の通常国会において、「国家情報会議」を設置する法律を制定することや27年度末までに独立した対外情報庁(仮称)を創設することで合意。インテリジェンス・スパイ防止関連法制の速やかな成立でも一致した。維新は先の参院選公約で、「諸外国並みのスパイ防止法を制定し情報安全保障を強化する」と訴えていた。
自民は中曽根政権下の1985年にスパイ防止法案を国会に提出したものの、強い反対を受けて廃案となった。しかし、高市首相は政調会長時代、最も重要な経済安保策として「先端技術、機微技術、戦略物資の流出を阻止するための政策構築」を強調し、その第1に取り組むべきテーマとして産業スパイ対策に資する法制度整備すなわちスパイ防止法の制定を挙げていた。
国民民主党も9月11日、スパイ防止法を扱うワーキングチームの初会合を開き、有識者からヒアリングを行ったが、国家機密の保護や産業スパイ対策を強化したい考えだ。参政党もスパイ防止法を優先順位の高い政策の一つとしている。国家機密情報の防諜強化という面からも与野党で早急に検討し成立させることが「国益を守り抜く」のに必要だ。
高市政権が11月中に取りまとめる総合経済対策の重点施策が、レアアース(希土類)の自力開発や造船業種再生に向けた大規模支援、次世代革新炉推進などのエネルギー安全保障、サイバーセキュリティ—への対応といった経済安全保障分野に力点が置かれ高市カラーが色濃いのも特徴だ。政府は11月10日、有識者を交えて話し合う「日本成長戦略会議」の初会合を開催し、17の戦略分野について議論。首相は、関係閣僚に対し、その中の重点施策に必要な補正予算の確保や税制の実現に努めるよう指示した。
綱渡りの政権運営
「決める衆議」重視へ
外交デビューでは上々の滑り出しだった高市首相だが、国内の政権基盤に目を転じると甚だ心許ない。民主党政権下の野党時代を含め26年もの間、協力・信頼関係を築いてきたはずの公明党が、自民との連立から離脱する意向を唐突に表明、代わりに日本維新の会が高市政権と連立を組むことになった。
高市首相個人の支持率は今のところ非常に高いが、衆参両院で少数与党であることに変わりはなく、政権運営は綱渡りの状態が続いている。連立を組んだ維新からも衆院議員の定数1割削減ができなければ連立を解消すると“宣告”されている。首相が「日本再起を目指す」といくら力んでも、足元の土台が崩れれば、即刻退場の運命なのだ。
それ故、「望む政策を一気に押し切ることはできない。一つ一つの重要課題に丁寧に取り組み、与野党での合意を図り、実績を積み上げていくしかない」(自民党幹部)。首相が所信表明演説の最後に「事独り断む可からず。必ず衆と与に宜しく論ふ可し」と締めくくったように、共に語り、決める衆議を重視していくというのが、首相の政治姿勢となる。
「その点、石破前首相と似ている。違うのは、与野党協議の舞台の多くをすでに石破さんが整えてきているので、その上に乗って政策の合意を取り付けていけばいい。その意味で国会運営上、高市首相にはラッキーな面もある」と先の自民党幹部は指摘する。
懸案だったガソリン税の暫定税率については、与野党の議論を踏まえ、年内に廃止されることになった。軽油にかかる旧暫定税率も来年4月1日には廃止される見通しだ。廃止までの間は補助金で対応することになる。パート収入が103万円を超えると所得税がかかるいわゆる「103万円の壁」については、これまでの政党間の協議により、今年の年末調整では160万円まで対応することになるなど、少しずつ前進している。
「政権にとって最大の関門となるのは、連立を組んだ維新との連携の維持かもしれない」と指摘するのはマスコミ関係者だ。維新が連立を組む際、12項目の政策実現を要求した中で「絶対条件」とした衆院議員の定数削減の行方に、暗雲が立ち込めてきたからだ。
連立政権樹立後初の衆院予算委員会(11・10)に臨んだ維新の中司宏幹事長は、高市首相に対し、12項目の政策実現への決意を質問。これに首相は「国家国民のために決して諦めない不動の方針の下、合意書に掲げた12項目の政策を合意したスケジュールに従い、確実に検討や実施をしていく」と応えた。定数削減に関して合意書は「1割を目標に衆院議員定数を削減するため、25年臨時国会において議員立法案を提出し、成立を目指す」となっている。
ところが、自民党の鈴木俊一幹事長は同日の記者会見で「具体的な結論を今国会末までに決め切るというのは難しいのではないか」と語り、詳細な制度設計を盛り込んだ法案の成立は難しいとの考えを述べたのだ。鈴木幹事長はまた民放の番組で「国勢調査の結果が来年の秋ぐらいにならないと出ない。そういった中で各党各会派と理解を深める作業をやっていかなければならない」とも語った。立憲民主党の野田佳彦代表も「少なくとも国勢調査の結果を踏まえた対応が正しい道だ」と述べるとともに、選挙制度のあり方についての協議も定数削減と合わせて行いつつ多くの賛同を得るべきだとの立場だ。
こうした発言に関し、維新の藤田文武共同代表は民放番組で、「衆院議員定数削減法案の成立が困難になった場合、高市首相は衆院解散を選択肢とすべきだ」との認識を示した。吉村洋文代表は「法案を出さないなら連立合意と違う。高市さんはそういうことをされないと信じている」と述べているものの、維新幹部は「最後はもめて連立離脱ということもあり得るのではないか」と語っており、首相が解散に踏み切る可能性を示唆した。
自民内の定数削減に反対の議員や若手議員らからは、「むしろ、初の女性総理が何かをやってくれるのではという期待感が国民に強く、離れた保守層を取り戻せる時に衆院解散を断行し、単独で過半数を回復すれば国会運営はやり易くなる。いつまでも続く裏金問題も終わらせられる」として通常国会冒頭の1月解散断行の主戦論も出ている。
鈴木幹事長は「選挙に向けた準備は一切していない。高い支持率だからと言って、解散をするような流れには今はなっていない」と強調。高市首相も「困難であ
っても実現に向けて努力する」と強気の構えを崩さない。しかし、12月17日の臨時国会会期末は刻々と近づいている。首相は「定数削減を争点とした解散は考えにくい」と早期の衆院解散を否定するが、維新の対応次第では「追い込まれ解散」に踏み切らざるを得なくなる可能性もある。
高市早苗(たかいち さなえ)
1961年(昭和36年)3月7日生まれ、奈良県立畝傍高校卒業。神戸大学経営学部経営学科卒業(経営数学専攻)。(財)松下政経塾卒塾。米国連邦議会Congressional Fellow(金融・ビジネス)。近畿大学経済学部教授(産業政策論・中小企業論)。自民党政調会長、総務大臣、経済安全保障担当大臣歴任。目標とする政治家はマーガレット・サッチャー元英国首相。座右の銘「高い志 広い眼 深い心」。尊敬する人物は松下幸之助氏と両親。


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