ミャンマー総選挙

クーデターから5年
民主派排除しアリバイ作り

 ミャンマーのクーデターから2026年2月で丸5年が経過する。軍事政権は、これまで半年ごとの非常事態宣言更新で政権の法的正当性を担保してきた。その軍事政権が7月末に非常事態宣言を解除した。憲法では、非常事態解除後の半年以内の総選挙実施が定められており、早速10月から選挙運動が始まった。投票は第一回投票が12月28日に行われ、第二回投票日は1月となる見込みだ。軍としては、総選挙実施で〝民政復帰〟を演出し、国際的孤立を脱したい狙いがある。だが民主化指導者アウン・サン・スー・チー氏率いる国民民主連盟(NLD)が解党され総選挙に参加できないままでは、国内および国際的認知を取り付けられるのか疑わしい。

 軍事政権は24年、総選挙実施に向けた布石を打っていた。国勢調査による有権者名簿作成がそれだ。

 軍事政権が22年にも実施しようとしながら失敗した国勢調査に執着したのは、21年のクーデターでNLDを政権から追い落とした際、20年の総選挙で「二重投票」などの不正が1000万件以上あったと批判してきた経緯があるからだ。国勢調査を経て有権者名簿を作り、次の選挙の「公平性」をアピールしたい思惑がある。

 だが、ミャンマー各地では民主派の武装組織「国民防衛隊(PDF)」や少数民族武装勢力による激しい抵抗が続いており、国軍が全土を実質管理できているわけではない。また、多くの少数民族武装勢力が、自らの支配地域で投票を認めない姿勢を示している。昨年末に実施された国勢調査が完了したのは全国330郡区のうち145郡区にとどまった。発表された暫定結果でも、総人口約5132万人のうち戸別訪問で確認できたのは約3219万人で、残りの約1913万人は推計値だという。結局、総人口の63%を確認しただけで37%は未確認のままだ。

 こうした状況下で総選挙を実施するといっても、投票箱すら置けない広大な地域が西部や国境周辺部にあり国政選挙とは名ばかりという現実がある。

 それでも軍事政権が見切り発車の総選挙に動くのは、二つの理由からだ。一つは、21年2月1日のクーデターからまもなく5年が経つことになる時間的制約だ。軍とすればクーデターはあくまでNLDの「不正選挙」に対する憲法に基づいた軍権の行使であり、いつまでも半年ごとの非常事態宣言延長で軍事政権を維持延命させるわけにはいかない。何より名ばかりの総選挙でも、軍事政権には大きな意味がある。というのもミャンマーの憲法は、上院・下院ともに、定数の3分の1の議員が出席すれば、会議成立と規定されているからだ。その議員定数の25%は選挙によらない軍人の指定席だ。だから選挙の実施が一部の選挙区にとどまったとしても、軍とすれば定数の8%以上の議員さえ選出されれば、議会は成立することになる。

 もう一つの理由は国際的孤立を余儀なくされる中、軍事政権の後ろ盾となっている中国が総選挙の早期実施を迫ってきているからだ。

 習近平国家主席は5月、軍事政権トップのミン・アウン・フライン司令官とクーデター後初めて会談し、総選挙支持を明確にした。中国は総選挙後に予想される軍寄りの政権を支援する方針だ。

 中国にとってミャンマーは、経済的利益や安全保障を担保するため重要な裏庭であり隣国以上の存在だ。インド洋への回廊となるミャンマーは、マラッカ海峡リスクをヘッジできる地政学的要衝だし、中国が輸入するレアアースの半分以上をミャンマーに依存している。レアアースはハイテク産業や防衛産業に不可欠なだけでなく、トランプ米政権の関税戦争をけん制するバーゲニングパワーにもなっている。

 また中国がミャンマーを実質的に支配できれば、東南アジアの活力を取り込もうと動き出したインドの東方政策をけん制できる防波堤にもなる。

 なお、こうした軍事政権の思惑が絡んだ総選挙に対し国連のトム・アンドリュース・ミャンマー人権状況特別報告者は、軍事政権が自ら正当性の仮面をかぶるため「選挙という幻想を作り出している」とした上で「軍事政権によるこの詐欺行為を容認してはならない」と呼びかけている。