海洋版「グレートゲーム」も米印に中国が割り込む
21世紀はインド洋の時代
21世紀の覇権政治の確執がインド洋で展開されようとしている。19世紀のロシアと英国は中央アジアをめぐって「グレート・ゲーム」を争ったが、「新グレート・ゲーム」では、インド洋で米中印を主要プレーヤーとして展開しつつある。19世紀は「大西洋の時代」とされ、20世紀は「太平洋の時代」とされる中、21世紀は「インド洋の時代」とされる。西に「21世紀の大陸」とされるアフリカ、東に欧州と等しい人口規模を持ち経済的活力が増してきた東南アジア諸国連合(ASEAN)、世界最大規模の原油生産量を誇る中東、そして何より14億人という世界最大の人口を擁し著しい経済成長により来年にもGDP(国内総生産)で日本を抜き世界3位の経済大国に浮上する見込みのインドがある。
インド洋はアフリカの角であるソマリア半島からインドネシアの島嶼群にいたるまでイスラム教徒が点在する地域と接している。通常、アラブ人は「砂漠の民」と見られた経緯があるが、実際には「海洋の民」でもあった。
司馬遼太郎はその著「この国のかたち」の中で、「日本の江戸時代の大船は甲板がなく、千石船もいわばお椀に飯を盛るようにして荷を積み、高波には弱かった」と書き、大航海が始まったのは甲板の発明にあったのではないかと言及しているが、その甲板の発明はアラブ人のダウ船だとされる。
こうした船の建造技術や航海技術に長けたアラブ人は、インドを介して中東と中国を航海で結んで「海のシルクロード」の主役を担い、その余禄としてイスラム教を広めていった経緯がある。最大のイスラム人口を擁するインドネシアや1億5000万人という第2のイスラム国家であるインドをはじめパキスタン、バングラデシュ、マレーシアなどインド洋沿岸地域に膨大なイスラム教徒がいるのは、「海のシルクロード」を担ったアラブ人の遺産だった。
中国は、そうした地域に積極的に戦略的な投資を行い影響力増大に余念がない。
インドが保有する2隻の空母に対し中国の現有空母数は3隻。さらにインド包囲網を狙った「インドの首飾り」戦略を発動して、中国は政府主導の下、パキスタン、スリランカ、バングラデシュ、ミャンマーで、インドを取り巻くように港湾を建設してきた経緯がある。
パキスタンではイラン国境に近いグワダル港建設に関わり海軍基地建設をもくろんだ。またスリランカでは南端ハンバントタ港の99年間に渡る運営権をもぎ取り、インド洋航路の戦略的要衝を傘下に組み込んでいる。バングラデシュではソナディア港、ミャンマーではチッタゴン港といった具合に巨大投資を惜しまず、港湾建設事業に取り組んで影響力拡大に動き出している。
なお中国はインドの地方政府に食い込み、同国南部のケララ州コーチン港の開発に手を出したが、さすがにデリーの中央政府が安全保障上の理由からストップ命令を発して契約は破棄された経緯がある。
さらに中国は、ミャンマー南方300キロのベンガル湾のグレート・ココ島に港湾と電子情報施設を構築、さらにスモール・ココ島には軍事基地が建設されつつある。さらにモルディブのマラオに建設してきた海軍基地の25年租借が今年から始まることになるなど着々と将来に備えている。
ただインド軍も手を拱いたまま座視しているわけではない。インドは、3隻の空母で遠洋進出を本格化させようとしている中国に対抗して、海軍力増強に動き出している。インド政府は、35年までに原子力潜水艦3隻を含む軍艦175隻の建造を目指している。とりわけ独立以来、歴史的な関係が強いロシアからの武器調達だけでなく、米国製兵器輸入にも門を開き中国けん制に舵を切っている。
インドは現在、英国製空母「ヴィクラート」(約2万8千トン)と南部ケララ州で建造された4万トン級空母「ヴィクラント」の2隻を保有し、さらに「ヴィクラント」級空母を追加建造する計画もある。
そして中国の大規模なインド洋南進に向けた布石には及ばないものの、海外基地構築にも動き出している。インド軍は、インド洋西部のマダカスカルとモザンビークに情報収集基地を設置し、中国に隣接するカザフスタンには関連基地を設置した。また、インド南部チェンナイ(旧マドラス)の東方約千キロメートルの位置にあるアンダマン・ニコバル諸島の海軍基地も大幅に戦力増強を図る計画で、中国の南進ルートの一つとされるミャンマーのイラワジ川河口を南からけん制する狙いだ。
こうしたインド洋におけるシー・パワーの現実からすれば、インド洋を担当海域とするアメリカ太平洋第7艦隊やインド海軍に中国人民解放軍は劣勢ではあるが、中国海軍力増強の主要目的とされる台湾問題でかたをつけた後には、海軍力を大きくインド洋に振り向けることができることからがらりと状況が変わるリスクにも目を向けておく必要がある。


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