書評
「米中貿易戦争の裏側」
遠藤誉著
言論弾圧する国が通信界支配?
本書で刮目すべきことが2つある。
1つはアリババの創始者・馬雲がトップの座から退き、テンセントの創始者・馬化騰が「騰訊征信」(信用調査会社)という子会社の法人代表を辞任した背後には、個人情報の提供を要求した中国政府があったとされることだ。
また、中国は宇宙開発のステップとして月開発を急いでいるが、月面に大量に存在するヘリウム3を用いた「核融合」を目指しているというのも新鮮だった。
地球には乏しいヘリウム3が月には無尽蔵に存在することから資源基地を建設し、その資源を活用した核融合による原子力エネルギーを確保できるようにする。その資源基地は南シナ海同様、「宇宙における軍事基地」に移行するのは疑いの余地はない。米が宇宙軍創設を宣言したのも、こうした中国の一連の動きを警戒してのことだという。戦闘の基本はまず高みを制圧することだが、宇宙時代の高みは高原や山ではなく人工衛星などを飛ばす宇宙空間の制圧となる。
なお、著者は今年4月に発表された米国防白書で「米は最新技術の開発と5Gの世界標準の確立で(中国に)後れをとっている」としていることを評価する。米が世界のトップの座から転落しないよう、現実を直視して警鐘を鳴らす姿勢は尊敬に値するというのだ。
著者が懸念するのは、言論弾圧する国が世界の通信界を支配することだ。
(毎日新聞出版 本体1700円+税)
「覇権の世界史」
宮崎正勝著
覇を唱えた「世界帝国」に焦点
歴史上、覇を唱えた「世界帝国」に焦点を絞った歴史書。過去5000年の間に世界史のメインステージは陸から海、さらに空と変遷してきた。ユーラシア大陸における陸の歴史で代表的な覇権国はランドパワーのモンゴル帝国だった。15世紀に壮大な海が「発見」され、地表の7割を占める大洋が陸を統合することになる。その大航海時代をもたらした「海の歴史」450年間の覇権国はイギリス帝国だった。
とりわけ本書で印象深いのはこの大英帝国の分析で、国内資源に乏しかった英国の覇権は、国民の過剰負担を覚悟の上でシー・パワー拡充に依存したが、その陰で金融のスペシャリストの宮廷ユダヤ人と積極的に投資したオランダ人と鉄道・電信・蒸気船のネットワークが覇権を下支えした。
海洋帝国イギリスの出発点は、1588年にアルマダ戦争でスペインの無敵艦隊を破ったことにある。イギリスはスペインから海の覇権を奪った後、英蘭戦争でオランダを倒し、名誉革命後に本格的に海軍増強を図り、「海の覇権国家」に成長していった。
さらに20世紀、航空機網とインターネットが世界を結びつけ、「空の歴史」の覇権国はアメリカ合衆国だ。
単純にこの延長線上に考えられる次の時代の覇権国は、空から監視できる衛星機能を含めた宇宙を握ることができる国ということになるが、いろいろ思いを巡らす格好の材料と歴史のエッセンスを指摘している。
覇権という歴史の背骨部分だけにこだわり、ぜい肉をそぎ落としており、ざっと世界史を俯瞰するには適した本だ。
著者は塾の先生だけあって平易で読みやすく、注釈すら面白い。
(河出書房新社 本体1600円+税)
「海の地政学」
竹田いさみ著
「海上権力史論」の系譜を次ぐ新シーパワー論
フレッチャー・スクールの学長で元NATO司令官の筆者が語る21世紀の海洋戦略。各種艦船の士官や艦長として〝七つの海〟を航行。その体験を踏まえ、海の視点から見た地政学を論ずる。地中海の覇権をめぐる古代ギリシャ諸国やローマの海戦、コロンブスやマゼランらによる大航海、太平洋を舞台にした日米の艦隊戦、台頭する中国や核・ミサイル開発を進める北朝鮮の動向など、古今東西の海事史に照らして現下の情勢を見定め、通商、資源、環境面にも目を配りつつ、海がいかに人類史を動かし、今後も重要であり続けるかを説く。
著者はマハンの原則の多くは現在も当てはまるとした上で、米国の世界戦略を考える上で、シーパワーの重要性は過去に比して増しているというのだ。海軍理論家マハンの「海を制する者は世界を制する」と説いた「海上権力史論」の系譜を継ぐ新シーパワー論だ。
航空機やミサイル、核兵器が軍事力を決定づけそうな現代においても「海を制する」ことがいかに重要かということを強調する。鉄道やトラックなどの陸運や航空機に比べ、海運は圧倒的な物流の担い手だ。海を制するということは「物量を制する」ということでもあるからだ。
著者は世界各国の海での自身の豊富な経験と、そこで繰り広げられた歴史と、現在の地政学的な課題を一つの物語のように紡ぐ。軍人が書いただけあって、細かく史実に忠実で、伝わってくるのは、海への愛情で、潮の香りと、船乗りの矜持、先人たちの無念、大国の野望、そして満天の夜空が眼に浮かぶ。島の名前から地図を引っ張りだして情景を思い浮かべるだけで、楽しめる。
著者のオフィスには爆発する前のメイン号を描いた絵がかけてあるという。
「船はいつ爆発してもおかしくない。一時の激情に流されて、結論に飛びつくことの危険」を戒めるためだという。
(中公新書 本体900+税)
「対論! 生命誕生の謎」
山岸明彦・高井研著
生命誕生の地は深海か陸か
人類がどうして生まれてきたのかというのは、人類の究極の問いだろう。それを突き詰めれば、生命誕生の謎が解けるかもしれないが、生命の起源は驚くほど分かっていないのが現状だが、生命の起源について異なる見解を持つ二人の科学者が生命誕生のなぞについて様々な角度から論議を戦わせる。
まず、生命が誕生した場所でも両者の見解は異なり、山岸氏は陸地の温泉付近、高井氏は深海の熱水活動域を主張、論争を重ねる。
高井氏は、40億年前の火山活動が活発な深海で、高濃度の水素などの元素やエネルギー物質を含むアルカリ性の熱水が、二酸化炭素や鉄、窒素酸化物の解けた海水と混合し、原始的な代謝が始まることで、脂質の膜とたんぱく質の酵素で鉱物を置き換えた生物が誕生したと説く。
一方の山岸氏は、生命の誕生には有機物の濃縮が必要なことから、乾燥した陸地が必須条件と見る。隕石が衝突したクレーターで、RNA(リボ核酸)が生成される可能性が近年、指摘されるようになったが山岸氏は、その方向性の上に生命誕生のシナリオを描くのだ。
さらに、最初の生命体は生命維持のためのエネルギーをどうのように得ていたのか。果たして生命に進化は必要かなど興味の尽きないテーマを掲げ「知の火花」を散らせながら論じる。
なお、地球上のすべての生物は、共通の遺伝子やたんぱく質生成の仕組み、さらに代謝システムを持っている。こうしたことから、地球上の全生物には共通祖先があるとされる。2人が探し出そうと試みているのはその第一原因的生命体だ。それ以前には、偶然誕生しては消えていった生命も数多くあっただろうと推論する。
両者は激論に近い論争を展開するが、「生命」について論じるなら宇宙に目を向けないといけないという点は見解が一致する。
(新書 本体800+税)