書評

「AI監獄 ウイグル」

ジェフリー・ケイン著 濱野大道訳

ハイテク警察国家の実態暴露

100万人以上のウイグル族を強制収容所に入れているとされる中国共産党政権の監視カメラやビッグデータ、AIを駆使して新疆ウイグル自治区全体を獄の中に封印している実態をあぶり出している。

著者は世界で最も高度な監視ネットワークを取材しようと、新疆タクラマカン砂漠のオアシス都市カシュガルに足を踏み入れた時、中国当局の方が自分を知っている事実に驚く。

中国には全土に1億7000万個の監視カメラが設置され、「WIFIスニファー」と呼ばれる政府のデバイスは、一定の範囲内のすべてのスマートフォンとコンピューターのハッキングが可能だ。飛行場に降り立った時、多くの個人情報が当局に送信されていたに違いないと著者は確信する。

なお監視カメラや顔認証、音声識別、DNA採取といった基本技術は米国や欧州の発明だった。だが中国はその高度技術を盗み出したり、企業買収などで特許と技術者ごと丸のみしたりして、中国は自家薬籠中のものとした。

こうしたハイテクを駆使した監視装置だけでなく、中国政府は住民に密告を奨励する。そうした家族や友人には現金が支払われる。さらに信用度を査定した課〝社会ランキング〟に全員を振り分けていく。そして社会ランキングの低い人と食事を共にしたという些細な理由だけで、強制収容所に送り込まれるケースもあるという。

そうなると社会はすぐに崩壊する。友人が友人を裏切り、上司が部下を密告し、教師が生徒の秘密を暴露し、子供が親を売る。そうすると不信という煉獄の中に封印された住民の誰もが、政府に庇護を求めるようになる。社会の活力を担う横のつながりが壊れ、政府の求心力だけが肥大化する。高笑いしているのは、ハイテク警察国家を完成させた共産党政権だけだ。
(新潮社 定価2420円)

「チューリップ・バブル」

マイク・ダッシュ著 明石三世訳

バブル経済の原点

副題は「人間を狂わせた花の物語」。1633年に芽を出したオランダのチューリップバブルは4年後、投機に熱を上げた人々を相次いで破産させていった。

戦乱と困窮に満ちた17世紀の欧州で、人々はなぜ美しくはあるが、実用性のない花の球根のようなものに心を奪われたのか。

それもよりによって、真面目で道徳心が強く、とりわけ金銭に関してはすこぶる渋いオランダ人が、チューリップに熱狂し身を滅ぼすことになったのか。

オランダ人は厳格なカルビン主義の教義を実践し、教会のオルガンさえ虚飾だとして禁止したほどだ。

そうした疑問に本書は答えてくれる。

中国の不動産バブルが中国経済失速の原因になる中、バブルが歴史上の過去の遺物ではなく、現在も存在するし、たぶん未来も存在するであろう狂騒経済の本質を見極める上で、オランダのチューリップ・バブルは格好の素材を提供してくれる。
(文春文庫 定価880円)

『インドの正体』

伊藤融著

インドをしっかりつなぎとめろ

インドというのは千手観音のような存在だ。

あちらこちらに手が伸びている。自分と結んだ手がすべてと思うと、とんだ間違いを犯すことになる。

非同盟主義という名の全方位外交が、その本質を示している。

ロシアのウクライナ侵攻でも、インドは国連安保理や総会でロシア非難決議を棄権した。中国の新疆ウイグル自治区の人権問題ですら棄権に回る。

世界最大の民主主義国家と自負しながらも、自由と民主という理念からものを考えることはせず、あくまで国益に軸足を置いた決定を下すのがインドだ。

軍事費換算で世界第4位の軍事大国インドを支えているのは、武器調達の6割を占めているロシアであり、中国との経済的パイプが切られると途端に社会が行き詰ってしまう現実がある。

そういうインドとどう付き合えばいいのか。

著者の伊藤氏は「インドが最も望ましいと考える道は、日米豪などの西側か中露の側のどちらかという選択ではなく、『どちらにも』でありそのほかの国々とも関与し続けるというものだ」と説く。

そのために、「インドとの相違点を決定的に対立点にせず、厄介でも根気よく対話し続ける」ことこそ肝要だと総括する。

日米豪がインドを引き入れクアッド(日米豪印戦略対話)を発動させたのは、軍事的な安全保障での連携を期待したからだ。一方のインドは、レアアースや半導体などを含め、中国に依存しないサプライチェーン構築など経済安全保障と呼ばれる非軍事的連携に期待を寄せる。 

そのかすがい役を担う我が国とすれば、「自由や民主」といった西側的価値観の押し付けはせず、質の高いインフラ整備能力と技術力を武器にインド太平洋構想の中にインドをしっかりつなぎとめる努力が問われる。 
(中公新書ラクレ 定価902円)