福島原発処理水放出

確信犯にはWTO提訴で打開を

中国の世論戦に腰の引けた政府

東京電力は8月24日、福島第一原発の放射性物質を含む水を浄化したアルプス処理水の海洋放出を開始した。

中国はこの処理水に「核汚染水」とレッテルを貼り、科学的根拠を示さないまま「海洋環境の安全と人類の生命、健康にかかわる重大問題」と一方的に批判し、日本から全面的海産物の輸入停止にも踏み切った。

中国政府のプロパガンダを真に受けた中国国民からは、被災地の住民などに嫌がらせ電話が相次ぎ、中国にある日本人学校は石やレンガ片まで投げ込まれている。 

この中国のプロパガンダや日本産水産物禁輸措置に対し、日本外交の動きが鈍い。

岸田政権はその中国に対し、海洋放出反対と不当禁輸をそれぞれ撤回を求め、科学的見地に基づく協議を要請している。

だが、これだけでは生ぬるい。その行き着く先は泣き寝入りでしかないからだ。

そもそも中国のやっていることは、確信犯行為だ。誤解や無理解による間違いでなく、相手を痛めつけることを目的とした世論戦を仕掛けている。

中国人民解放軍は20年前、政治工作条例に「世論戦、心理戦、法律戦」の「三戦」任務を加えた。これは中国の有利になるよう国際世論や相手国内の世論に影響を与え、心理戦で敵の士気を低下させ、国際法や国内法を駆使して中国への反発や抵抗を抑え込むという戦略だ。

今回の中国の措置を世論戦の発動と考えれば、対抗するには旧態依然の日中1対1の対話では「糠に釘」で効力は期待できない。そのため公的な第3者機関である世界貿易機関(WTO)に土俵を移すことや、日本学術会議の科学的見解表明など、実効性のある有効な手立てを考えることが肝要だ。

その日本学術会議は、「処理水」ではだんまりを決め込んでいる。

学術会議法は「科学が文化国家の基礎であるという確信に立って、科学者の総意の下に、わが国の平和的復興、人類社会の福祉に貢献」することが使命だとしている。日本学術会議がその使命を果たしているとはとても言い難い。

中国のプロパガンダに対処するには、科学的真実に立脚した正論を主張し続けることが肝要だ。

中国は今もなお改革開放を叫び、外資の投資拡大を呼びかけているものの、中国国民は普通の国際社会とは異質の世界に封印されつつある。外に開いた窓はあるものの、部屋の内には鉄格子がはまっている「中国式鎖国」の現実がある。

中国の憲法には言論の自由も集会の自由も保障されているとされるが、国民の誰もがそれを信じている人はいない。

電話のやり取りが当局の監視下にあるだけでなく、SNSへの投稿もチェックされ不適切と判断されれば直ちに削除される。時にその「言葉」ゆえに、公安に拘束されることも珍しいことではない。

そうした国際社会から隔絶された「中国式鎖国」状態の隣国に、真実の風穴を開けることができるのは科学的根拠に基づいた正論でもある。

無論、中国が真実に耳を傾け、「日本を被告席に立たせる」(「人民日報」8月25日付評論)という政治的決定を覆すとは思えない。だが、中国の世論戦に対抗し無力化する上で、客観的な科学的事実を世界に知らしめ、「真実による包囲網」を構築することは意味がある。

日本の対応次第では「日本は与しやすい相手」と見下され、今後も他分野で「経済的威圧」が繰り返されることは必死だ。

まずは粛々とWTOへの提訴に踏み切るべきだ。

松野博一官房長官は会見で「WTOの枠組みのもとで対応する」と述べた。しかし、松野氏のいう「WTO対応」というのは、単にWTOの会合の席で中国がとった今回の措置の不当性を訴えることを念頭においているに過ぎない。

こうした消極姿勢であっては、習近平政権を高笑いさせるだけだ。

WTO提訴には「協議要請」と委員会を立ち上げる「パネル設置」の二段階がある。まずは手始めに「協議要請」を早急にするべきだ。

中国は門を閉ざし、話し合いにも応じておらず、中国を協議の場に引き出す意義は大きなものがある。

公明党の山口那津男代表は8月に予定していた中国訪問を取りやめた。超党派の日中友好議員連盟会長として9月にも訪中する予定だった、自民党の二階俊博元幹事長の調整も暗礁に乗り上げている。いずれも「今はその時期ではない」と、中国側の門前払いにあっているためだ。

WTOに提訴しても時間がかかるとの批判があるが、それでも提訴すべきだ。

不当事項に関しては泣き寝入りせず、WTOを活用する断固とした態度を鮮明にすることで、今後も繰り返しかねない中国の〝経済的恫喝〟への抑止力になりうるからだ。やるべきことを躊躇せずやり遂げてこそ、未来は担保される。

また世論戦への反撃として、福島第一原発の処理水放出に含まれるトリチウムは国際原子力機関(IAEA)が認めるように安全基準以下の水準を保っている一方、中国の原発は福島第一原発処理水のトリチウム濃度を超えるものを垂れ流している現実や、日本の水産物全面禁輸措置に打って出た中国が漁船軍団を組んで、三陸沖でのサンマ大量捕獲している現実の矛盾を突くことも有効だ。