ペマ・ギャルポのアジア時評

「自由で開かれたインド太平洋」は国際社会に通用する日本ブランド

今年は、世界、とりわけアジアで多くの総選挙が行われた。1月にはアジアで最も新しい立憲民主国家であるブータンで総選挙が行われた結果、平和裏に政権が交代している。続いて、南アジアのバングラデシュでも総選挙が行われ、親日派で「日本贔屓」といわれるハシナ首相が圧勝し、引き続き政権を維持することになった。そのほかには、インドネシアでも新しい大統領が誕生した。また、台湾の選挙に関しては、立法院と総統が結果的には「ねじれ現象」となったものの、中国による様々な妨害があったのにも関わらず、頼清徳氏が総統に選任され、民主的な政権が継続することとなった。

さらに、つい最近となる6月4日には、インドでは約2カ月間のマラソン選挙が終わった。モディ政権は引き続いて続投するものの、大方の予想に反してインド人民党のモディ政権が大幅に議席を減らすこととなった。インドのモディ政権に対しては、日本を含む西側諸国の一部からは、「このままではモディ首相は権威主義になる可能性がある。インドの民主主義が危機にさらされている」などと非難されていたが、今次インドの選挙結果を見る限り、インドの民主主義は健全である。繰り返しにはなるが、約9億人の有権者が自由な意思で投票した結果、現与党が前回よりも大幅に議席を減らしたということは、インドの民主主義が健全であることの何よりの証明である。自由・民主主義・法の支配・自由経済といった点において、日本と多くの価値観を共有するインドは、今後も日本の強いパートナーになりうるだろう。

近年、中国・北朝鮮・ロシアなどの脅威に対して対抗するために、日米同盟のより一層の強化は当然であると私は考えている。ただ、それに加えて、安倍元首相が提唱したQUADを通じて世界の自由と民主主義を守っていくことも、世界平和と人類の繁栄のためには必要であると考えている。

日本国内においては、世論を見ている限り、岸田首相の支持率が高くない。これは非常に残念である。私は、岸田首相は、日本国の安全保障とアジア地域の安定、世界平和などのために奮闘しており、それなりの成果を出していると考えている。岸田首相の、米国議会における格調高い演説は日本の議会が理解できなくとも、グローバルな視点から俯瞰する米国議会の議員たちには理解できたと聞いている。だからこそ、米国議会の議員からスタンディングオベーションを受けたのだ。

また、岸田首相が日米韓の連携に加えて、サミットにおいてフィリピンの大統領に対して中国が脅威であると明言したことは、アジアの多くの国々に勇気を与えた。昨年、岸田首相はベトナム、フィリピン、バングラデシュなどの国家元首を国賓として日本に招き、従来の経済面のみならず、これらの国々との安全保障を連携強化することを明確にした。また、彼らに対して、日本が安全保障の点でも協力を続けると約束したことは、これらの国々に対して大きな励ましになることであり、フィリピンが南シナ海問題において中国に強く出ることができているのは、自由陣営が後ろ盾になっているという安心感から自信を持っているのではないだろうか

岸田首相による「自由で開かれたインド太平洋」に対する姿勢や日米豪などとの連携に対して、誰よりも評価しているのは北京政府である。北京政府は、これらの対応策に走りまわっているようだ。だからこそ、王毅外務大臣や習近平主席自らが、太平洋の島しょ国を訪問している。だが、アジアにおいては、自由陣営の連携が強いと感じた中国は現在、イスラエル・ハマスをめぐる問題やウクライナ・ロシア戦争で手を焼いている間隙を縫ってアラブの国々に接近し、西側諸国に対抗しようと前のめりになっている。

私は、岸田首相は国会で野党の自己PR的、的外れの質問に時間を割くよりも国民に対して、自己の政策などをアピールすればいいと考えている。私には、日本人にはこうした能力があると間違いなく信じている。例えば、インドにおいては、政権与党に対する支持率は4割ほどであるが、モディ首相個人に対する支持率は8割近い。また、シンガポールにおいても、今回政権交代が実現したが彼らも、国民から支持率も高い。

こうした政治家に共通するものは、国民とメディアとの関係性である。したがって日本の政治家は、国会のテレビ中継において、公共の電波を使ってお互いの欠点をあげつらうのではなく、もっと国民に対して「我々の政党がこの国をどうしたいのか」を明確にすることの方が急務ではないだろうか。日本の政治家は、さもすれば国際スタンダードや外国の例を基準にする傾向があるようだが、日本が自ら「国際基準」を作ることも大切ではないだろうか。

その一例が、安倍元首相の「自由で開かれたインド太平洋」構想であるように思う。同構想を提唱することによって、安倍元首相の顔と名前が一致し、日本国のスポークスマンである認識を植え付けることに成功した。自由で開かれたインド太平洋は、国際社会に通用する日本のブランドになっている。