頼清徳台湾総統就任
守り抜くべき民主の灯台
年初の台湾総統選挙で勝利した民進党の頼清徳副総統が5月20日、総統に就任した。民進党とすれば初となる3期連続の政権をスタートさせる節目の日となった。
頼氏は中国の「台湾併合圧力にNO」を突き付けてきた。台湾併合を事実上の公約とする習近平政権を警戒する台湾の人々が頼氏のその旗印に共感し、対中融和に傾く国民党に政権を託すリスクの方を重く見た世論の後押しを受けてのスタートだ。
さっそく中国政府は台湾を取り囲む格好で2日間にわたる軍事演習を行い、新政権をけん制する圧力を加えてきた。演習場所は台湾の主要港である北の基隆に南の高雄、西の台中、東の花蓮の近くであったことを考慮すると、中国はいつでも台湾を海上封鎖できるぞという「脅しのメッセージ」を込めたものと解釈できる。
また5月15日には、台湾の独立を目指す勢力を摘発する法整備に乗り出すと表明。頼総統就任を前に揺さぶりをかけていた。
さらに中国海警局の船舶を台湾の離島・金門島の周辺海域に頻繁に派遣し威圧を強めるとともに、総統選直後に発表された南太平洋の島国ナウルの台湾断交など、台湾の外交空間を札束攻勢で狭め圧力を強めてもいる。
とりわけ警戒しないといけないのが議会運営だ。総統選では民進党が勝利したものの、立法院では国民党が第一党を制し、民進党政権は少数与党でしかない。この政権と議会のねじれが、台湾を分断させることがないよう配慮する必要がある。そこにくさびを打ち込む形で、中国につけ込まれるすきになりかねないからだ。
手始めに中国が手を付けるのは、対中融和的な国民党を通じ、選挙介入の浸透工作を禁じる「反浸透法」の修正を迫ってくるものと考えられる。これを阻むには、野党第2党の台湾民衆党を取り込んでいく必要がある。形はどうであれ、民進党と台湾民衆党の合意形成ができれば頼政権は議会でも主導権を取り戻すことが可能となる。
なお台湾の総統は、元首であり陸海空軍の統帥権を持つ最高権力者だ。
その総統を人々の一票で選ぶ直接選挙こそは、台湾の民主主義を象徴するものだ。これこそが大陸・中国にはない台湾の資産でもある。
共産党一党独裁の中国では、権力の正当性が欠落していることから、指導者に力がなければ長老政治になりやすく、力があれば強権統治に陥りやすい。いずれにしても待ち受けているのは権力の機能不全だ。
その意味では、台湾は中国に対する灯台だ。
その灯台には、中国共産党政権の闇を照らし出し、台湾の自由と民主主義を守り、さらなる高みへと導く役割が課せられる。英国式民主主義が定着していた香港にも同様の期待がかかっていたことがあった。だが期待された「中国の香港化」とは裏腹に、現実は中国式強権統治に組み入れられる「香港の中国化」が進行中だ。
この台湾の灯台を守ることは同じ島国であり、自由と民主、人権などの価値を共有する我が国の責務だ。
「自由で開かれたインド太平洋」構想を国策とする我が国にとって、台湾との関係強化はそのとば口となる。
我が国にとって台湾の重要性は論を待たない。
東シナ海と南シナ海を結ぶ台湾は安全保障や通商の面でも地政学的要衝の地であり、法による統治や自由と人権を尊び議会制民主主義といった価値観も共有する。さらにAIやIT開発においてなくてはならない最先端半導体製造能力を有する台湾の価値が、国際的にも急浮上している現実もある。
東アジアでは未だ冷戦は終わっていない。共産主義国家は中国だけでなく、ベトナム、ラオスもそうだ。民主化したはずのカンボジアでは言論機関が駆逐され野党も亡命を余儀なくされている。ミャンマーではクーデターによる軍事政権が2年以上、居座ったままだ。民主主義の後退が顕著なのが東アジアでもある。
その意味では台湾の民主主義は、東アジアの灯台でもある。
台湾は大航海時代の波に洗われ始めた16世紀ごろから、外来政権に翻弄され続けてきた悲しい歴史がある。オランダやスペイン、清国、日本、中華民国などからだ。
風を頼りに世界の海を渡っていった大航海時代同様、時代の風をしっかり読み込んで歴史的使命を果たす役割が台湾にはある。
オランダ人が台湾を発見した時、「フォルモサ」(美しい島)と叫んだ。
台湾には21世紀に、「民主の灯台」として光輝く役割がある。それでこそ人々から「フォルモサ」の賛辞が与えられる。