経済安保は生命と暮らし守り、経済成長を果たす

内閣府特命担当大臣

城内実氏に聞く

コロナ禍でサプライチェーンは寸断された。2024年版通商白書では「現在でも調達先の特定の国への依存状況が続いている」とリポートしている。25年1月20日に米大統領に就任するトランプ氏は関税障壁を設ける意向で、これも円滑な物流の阻害要因と浮上してくることは必至だ。資源の乏しい日本は厳しい国際環境の中、どうサバイバルしていけるのか、城内実内閣府特命担当大臣に聞いた。
(聞き手=徳田ひとみ本誌論説委員)

──経済安全保障担当大臣に就任されました。経済安全保障とはどういうものでしょうか。
経済安全保障とは、一言で言えば「経済的な観点からわが国の平和や国民の命と暮らしを守ること」です。2022年12月に閣議決定した「国家安全保障戦略」においては、「わが国の平和と安全や経済的な繁栄等の国益を経済上の措置を講じ確保することが経済安全保障」であるとしています。例えば、ミサイルやスマホ、自動車、医療機器、幅広い製品に組み込まれている半導体の供給不安が高まれば、国民の安全や暮らし、産業活動などに悪影響が生じるおそれがあります。こうした事態を避けるためには、「経済上の措置」として、半導体の供給(生産)に取り組む民間企業を政府が支援することが考えられます。このように、国民の暮らしや産業に欠かせないモノや材料をしっかりと確保するための取り組み等を通じて、我が国の自律性や技術の優位性などを高めていくことが経済安全保障です。経済安全保障の取り組みによって、わが国の平和や国民の命を守るとともに、安全・安心なビジネス環境を実現することで、日本経済の成長やよりよい国民の暮らしにつなげてまいります。

──人材は各省庁からの派遣なのでしょうか。そうした場合、領土や主権を守る防衛庁の意識と経済的繁栄を意識する経済担当省庁との間で座標軸のずれが起きることはないのでしょうか? 国際的なスタンダードからすれば「安全保障あっての経済」と思われますが、大臣はどういう認識でしょうか?
安全保障と経済は、いまやふたつに割り切れるものではなく、どちらも国民の命と暮らし、日本の平和や安全に直結する、車の両輪のようなものだと考えています。国家安全保障に関する企画立案・総合調整等を行うための組織として内閣官房に設置されている国家安全保障局(NSS)には、経済分野における国家安全保障上の課題を大局的に捉え、戦略的な対応を迅速かつ適切に行うために「経済班」が設けられています。「経済班」には、いわゆる「経済官庁」といわれる省庁を含め、経済安全保障に関わりの深い関係行政機関が、人材面からサポートしており、それぞれの職員が専門性を活かしながら政策の企画・立案に携わっています。専門性やバックグラウンドの違いはありながらも、一丸となって経済安全保障施策の推進に取り組んでいます。

──コロナ禍でサプライチェーンは寸断され、マスクなどの調達先が中国に集中していたことが明らかになりました。安倍政権時代には補助金を出して中国からの国内回帰や第三国への移転を促しましたが、中国に拠点を置く日本企業は現在、3万1000社。米国やタイ、ベトナムなどの東南アジア、インドと比較しても突出しており、コロナ禍前より増えています。また、24年版通商白書では「現在でも調達先の特定の国への依存状況が続いている」とリポートしています。どう対処すべきなのでしょうか。
グローバルなサプライチェーンの脆弱性や国家・地域間の相互依存リスクが顕在化し、世界各国が戦略的物資の確保にしのぎを削っています。このような中で、わが国においては、経済安全保障推進法の下、国民の生存や国民生活・経済活動にとって重要な12の物資を指定し、半導体や肥料、工作機械・産業用ロボット、抗菌性物質製剤などの安定供給確保に取り組む事業者を支援しています。その際、供給が特定少数国・地域に偏っているかどうかは、重要な判断基準の1つです。いわゆる「特定重要物資」ではありませんが、ご指摘のとおり、新型コロナ禍において、輸入に頼っていたマスクが不足し、国民生活に甚大な影響を及ぼしたことは記憶に新しいと思います。調達先が特定の国に依存することによって、国民の暮らしや産業に欠かせないモノや材料が不足する事態は避けなければなりません。重要な物資については、国が率先して、国内生産化や輸入先の分散、多角化を推進し、国民生活を守ることが何より重要です。我が国の経済安全保障の取組は、特定の国を念頭に置いたものではありませんが、調達先の依存状況も踏まえて、サプライチェーンの強靭化に取り組んでいきたいと思います。

──日本の貿易の99・6%は海上輸送に依存しています。台湾問題や北朝鮮の暴発リスクなど我が国周辺の安全保障リスクは高まるばかりです。海上輸送の安全と自由度を担保するポイントは何になりますか?
我が国は、四方を海に囲まれ、食料やエネルギーを始めとした重要な物資を輸入している世界有数の海洋国家であることを考えると、「海上輸送の安全と自由度の担保」は重要な課題であり、国土交通省や防衛省などが取り組んでいるところです。経済安全保障の観点からは、重要物資の安定供給確保に向けた国内の供給力拡大や調達先の多角化などの取り組みに加え、各産業等が直面するリスクの点検・評価を行っており、それを踏まえて、必要な取り組みを検討・推進していきます。

──科学技術力は産業を起こし、国防力を増大させる要です。科学技術力振興の秘策は?
ご指摘のように、科学技術・イノベーションは、我が国の国力の源泉です。各国の覇権争い、生成AIや量子などの新技術の急進展、経済安全保障をとりまく環境の激変などにより、その重要性が一層高まっています。

科学技術力を高めるための魔法のような「秘策」はありません。戦略的な研究開発の推進、人材育成を含む研究基盤の強化、イノベーション・エコシステムの形成、経済安全保障との連携といった視点から、一つずつ政策を積み重ねるほかないと考えます。

その際もちろん、予算の確保や、人材の育成・確保に取り組んでいくことがとても重要です。成果は一朝一夕に出るものではありません。試行錯誤を繰り返し、粘り強く時間と予算をかけていくことが何より重要です。

また、わが国の「統合イノベーション戦略2024」に示された「重要技術に関する統合的な戦略」、「グローバルな視点での連携強化」、「AI分野の競争力強化と安全・安心の確保」などの取り組みを進めることが喫緊の課題です。具体的には、長期的・安定的供給、環境、安全性等の観点で優れた特性を有し「次世代のエネルギー源」といわれるフュージョンエネルギーの国家戦略の改訂や、利用機会や活用可能性が急拡大しているAI制度の在り方を検討しているところです。

こうした政策の積み重ねにより科学技術力の向上を図っていきます。

──量子技術では中国は量子通信を実現し、合肥市に予算1兆円の量子技術研究所を建設しているとも聞きます。我が国は周回遅れの感がありますし、予算規模でも劣ります。起死回生策はあるのでしょうか?
中国の量子技術への累積投資額は、2023年時点で日本の約21倍というレポートもあり、量子技術に対する投資で中国が突出していることは承知しています。

一方、日本では量子技術の実用化・産業化に向けて戦略的に研究開発等を進めており、昨今、産業界、学術界を問わず、各国から日本に対して国際連携の話が殺到しているのが事実です。こうしたことからも、わが国が依然として高い技術レベルを維持していると認識しております。

量子技術は、将来の経済・社会に変革をもたらす革新的技術であり、安全保障の観点からも極めて重要な基盤技術です。国力に直結する技術といっても過言ではありません。

量子技術そのものの産業化のみならず、量子技術による産業の生産性の向上や我が国発の新産業の創出・発展に向けて総力を尽くす必要があります。

量子技術にはいくつかの研究分野がありますが、その中でも特に量子コンピュータについては、産業化に向けて、米国、英国、EU等においてコンピュータ環境の整備が大きく進展しており、国際連携とともに競争も激化しています。日本においても、引き続き、理化学研究所 量子コンピュータ研究センターや、産業技術総合研究所 量子・AI融合技術ビジネス開発グローバル研究センターを中心に、量子コンピュータの研究開発を強力に推進します。「世界最高水準のテストベッド環境の整備」「ユースケースの創出・ソフトウェアの開発」「国内サプライチェーンの確立・強化」など、量子コンピュータの実用化・産業化に向けた環境整備と開発を加速していく考えです。

また、量子暗号通信について、我が国企業の装置は世界的にもトップレベルの性能を実現しています。

引き続き、産学官連携の下、量子暗号通信の研究開発や情報通信研究機構の試験設備を活用した実証を強力に推進するとともに、量子センサー等の早期社会実装に向けた研究開発支援を行っていきます。

きうち・みのる

1965年4月19日生まれ、出身地は静岡県浜松市。父は警察庁長官を務めた城内康光氏。東京大学教養学部卒業。外務省入省。2003年、衆議院議員総選挙に静岡7区から無所属で出馬し初当選。以後7期、外務大臣政務官、外務副大臣、環境副大臣、衆議院外務委員長を務めた。日、独、英、仏、韓国語を話すペンタリンガル。1950年代のヴィンテージ・オーディオのマニアで、趣味はSPレコードのコレクターとサッカー。著作に『政治家の裏事情』(幻冬舎)。

【聞き手プロフィール】
とくだ ひとみ

1970年3月、日本女子大学文学部社会福祉科卒業。1977年4月、徳田塾主宰。2002年、経済団体日本経営者同友会代表理事に就任。2006年、NPO国連友好協会代表理事に就任。2018年、アセアン協会代表理事就任。2010年から2019年まで在東京ブータン王国名誉総領事。本誌論説委員。