書評

『独裁が生まれた日』

大熊雄一郎著

復活した毛沢東の亡霊

著者が共同通信社中国総局に赴任した2011年の翌年、中国共産党総書記に就任した習近平は思想統制を強め、「反腐敗」の名目で政敵を追い落とし、自身に権力を集中させた。さらに、鄧小平時代に導入された国家主席の任期制限を撤廃し、22年には3期目の総書記として皇帝のように君臨している。

この間、ネット監視や監視カメラ、電話盗聴などで、まさにジョージ・オーウェルの小説『1984年』のような全体主義国家が出現した。例えば、平気で政権批判を口にしていた共産党改革派の老人が、「上から警告されたので、話したことは記事にしないでほしい」と電話してきた。著者は盗聴者に聞かせるよう「ただの雑談ですから、報道することは絶対にありません」と答えたという。

著者は「個人独裁の亡霊が土俵際で息を吹き返したかのような悪夢に映る。この十年余りの間に中国で起きたことは、公的領域の無秩序な拡大であり、果てしない個人の解体だった」と総括する。ソ連共産党の末路から習近平が重視しているのは思想統制で、「中華民族の偉大な復興」には、国民の「脳」の同質化という意味が潜んでいる。

そうした中国社会の変化を読者が追体験できるよう、著者は国民の何気ない日常を権力が侵していく様子を描いている。今の中国人の息苦しさが伝わってきて、日本と世界の明日に大きな影響を及ぼす隣の大国とどう付き合えばいいのか、深刻に考えさせられる。
(白水社、2750円)

『グリーン戦争』

上野貴弘著

気候変動をめぐる国際政治

地球規模での温暖化対策が緊急の課題になってきた。具体的には二酸化炭素やメタンなどの温室効果ガスの削減で、そのための国際協定や各国の法整備が進み、国際政治を動かす仕組みになっている。

始まりは先進国だけが参加した京都議定書が1997年、途上国も参加したパリ協定が2015年のなので歴史は浅い。しかし、トランプ米大統領が19年に離脱を表明し、21年にはバイデン大統領が復帰を表明するなど揺れている。パリ協定では温室効果ガスの排出削減目標を各国自身が設定することになっているため、当然、国内の産業政策にも反映され、新しいビジネスも生まれる。

協定の実施が難しいのは、先進国と途上国の間だけでなく、先進国間でも対立関係があること。例えば、米国のインフレ抑制法は米国製を優先する仕組みなので、ターゲットは中国だが、EUも反発している。カナダは外交によって「米国産」を「北米産」に変更させた。

さらに大きな問題はWTO(世界貿易機関)の自由貿易との関係だが、紛争解決手続きは事実上機能はしていない。日本では2023年にGX(グリーン・トランスフォーメーション)推進法が成立し、向こう10年間でグリーン電力など脱炭素型の経済成長に20兆円を投資する計画で、同時に、途上国への環境技術移転が期待されている。サプライチェーンの脱中国化を図りつつ、安全保障と連携しながら、インド・太平洋の経済圏の脱炭素化促進が期待されている。
(中公新書、1265円)

『平安時代の男の日記』

倉本一宏著

記録=文化は権力の源泉

NHK大河ドラマ「光る君へ」の時代考証者の著者は、ドラマは恋愛と史実から成り、前者は全くの虚構だが、後者の政治や皇位継承はほぼ史実で、それは「古記録という貴族の漢文の日記」によったからという。

平安時代の日記では女性の仮名日記がよく知られるが、著者はそれらは私小説に近いとする。それに対して、藤原道長の『御堂関白日記』や藤原実資の『小右記』など男性が漢文で書いたものは、まさに日記そのもの。当時、天皇から貴族、武士、学者、庶民にいたるまで日記が書かれており、世界的にも日本特異の文化だという。

近衛家には『源氏物語』の写本もあったが、戦乱で古記録は持ち出したが、残した源氏は焼失している。特に京都では、記録=文化が権力の源泉であるとの発想が支配的だったという。

例えば、1012年正月27日の除目(=官職の任命式)に遅刻した右大臣の藤原顕光が、「花山朝の藤原為光の例にある」と言い訳したのに対して道長は、「日記にあるのか」と聞き、調べると書かれていなかったという。日記が判断基準になっていたのである。

家業として官職を継いでいた日本では、子孫が間違えないよう詳細に書き残す必要があった。そのため、特に政治史は正確に伝わったのである。著者が高く評価するのが藤原実資の『小右記』。無能で知られた藤原道綱が実資を越えて大納言に任じられたときは、身内(一家の兄)を優先した道長をきつく非難している。     
(角川選書、2200円)

『「天皇学」入門ゼミナール』

所功著

「天皇学」は「日本学」

著者は「天皇を知ることは日本と日本人を知る重要な手掛かり」という。それらの根幹をなす宗教史を略記しよう。地域や部族の神々を奉じてきた諸神道を、皇室祭祀を中心にまとめたのが3世紀、崇神天皇による天社と地社の和合で、これにより家族国家日本の基本が形成された。

次いで、欽明天皇から聖徳太子の時代の宮中祭祀を軸とした仏教の受容で、日本宗教の基本である神仏習合が始まる。古来の文化を守りながら最新の外来文化を積極的に取り入れ、日本を国際社会の一員に押し上げた。

神仏習合は、江戸時代の檀家制度で力を持った僧侶への反発から、明治の神仏分離政策で紆余曲折したが、多くの家庭にも個人にも神道と仏教が併存する日本人の信心は変わらなかった。神社神道が国教のように扱われ、天皇が統帥権を持つ時代は、日本の長い歴史では特殊で、敗戦を経て、本来の象徴天皇に戻った。

世界に誇るべきは女性の役割で、明治天皇が全国巡回で近代国民国家の姿を示されたのを助け、洋装の昭憲皇太后は国際赤十字の普及に努められた。その関係は奈良期の聖武天皇と光明皇后の姿に重なる。

今上陛下は、昭和天皇に始まる自然科学者の伝統を水運という社会科学にも翼を広げ、国連水会議でも講演されている。科学に基づき世界の平和にも発言するという、新しい天皇の在り方の一つ。伝統を守っているからこそ、最先端の事象にも対応できるという日本人の手本である。     
(藤原書店、1980円)