「新型肺炎」対策が急浮上

政権浮揚へ危機管理アピール
緊急事態条項の改憲論議の必要性も

今月の永田町

 令和元年度補正予算が成立し本予算案審議に移った国会だが、「人から人」への感染が判明し世界中で拡大している新型肺炎コロナウイルスへの対策に議論の時間が多く割かれるようになった。安倍政権は危機管理を最優先する姿勢をアピールすることによって、政権浮揚にもつなげたい考えだ。これに対して、野党は国会開幕当初は、「桜を見る会・IR汚職事件、2閣僚辞任」の3点セットで政権を追い込む戦略だったが、新型肺炎対策での政府追及にも力点を置くことになった。

安倍首相は1月29日の参院予算委員会で、「政府の最大の使命は国民の生命を守ることだ」と語り、中国湖北省の武漢からの邦人退避や感染拡大防止に全力を挙げる方針を強調した。邦人帰還用のチャーター機をこれまで複数回にわたり湖北省に派遣、全閣僚をメンバーとする対策本部を設置した。感染症法上の「指定感染症」とする政令も2月7日から1日に前倒しして施行した。

 「外務省の腰が重く官邸にせかされてようやく動いた」とある政府関係者は初動の遅れを指摘したが、一方で、自民党幹部は「危機管理対策は政府が主導して行うもの。自然災害のときもそうだったが、真剣に取り組めば必ず評価は上がる」と強調した。

 さらに国会論戦で数々の疑惑を指摘され、一時、守勢に立たされていた安倍首相にとって「予期せぬ動きが出てきた」(同幹部)。憲法を改正して「緊急事態条項」を新設すべしとの声が与野党から出始めたため、改憲議論が活発化する可能性が出てきたからだ。緊急事態条項は、自民党が策定した改憲4項目の一つである。

 その契機となったのが、中国から帰国した邦人が感染の有無を調べる検査を拒否したこと。自民党の伊吹文明元衆院議長は1月30日の二階派例会で、現状では検査や行動制限に強制力がないことの問題点を指摘。「公益を守るために個人の権利をどう制限するか。憲法を少し変えないとできない」と語り、非常時に政府の権限を強め、私権を制限する緊急事態条項の議論の必要性を強調し、「憲法改正の大きな実験台と考えた方がよい」と述べた。

 感染症対策と緊急事態条項を関連付けた議論の必要性は日本維新の会も主張してきた。馬場伸幸幹事長は衆院予算委員会(1月28日)で「『このようなことがあったから緊急事態条項を新設しなければならないのだ』という議論を活発に行えば、国民の理解も深まるのではないか」と指摘。安倍首相も憲法審査会で与野党の枠を超えた議論が展開されることに期待を示した。

 さらに、国民民主党の玉木雄一郎代表は29日の記者会見で「本人の同意も必要だが、権利を制限しても、大きな公益を守るためしっかりとした対応をする局面だ」と語った。これが改憲論議へとつながるかはまだ明らかではないが、私権制限の議論は憲法審査会で行うのにふさわしいテーマである。

 同党の大塚耕平参院議員会長も「政権の体質・不正も取り上げなければならないのは事実だ」としながらも「日本を取り巻く内外の懸案は一段と多様化、深刻化している」と指摘した上で、「経済や外交・安保などの政策で論戦を深めることが望ましい」との認識を示した。

 一方、国会開幕前から、腕まくりをして「桜を見る会」「IRカジノ汚職事件」「2閣僚の辞任」の3点セットで首相に絡む疑惑の追及と責任問題を攻め立てて政権打倒へ追い込むと構えていたのが、立憲民主党だった。そのため、枝野幸男代表は代表質問の3分の1をスキャンダル追及に固執。29日の参院予算委員会でも蓮舫副代表は首相主催の「桜を見る会」の疑惑追及に費やした。

 こうした姿勢に自民党の世耕弘成参院幹事長はツイッターで「野党の質問が始まって40分経過したが、(略)責任者が列席しているシチュエーションで感染症について質問をしない感覚に驚いています」と批判した。蓮舫氏に続いて質問した石垣のり子氏(立憲)も「本来であれば新型肺炎、自衛隊の中東派遣などを質疑したいところだが、我が国の安全の最大の障壁となっている公文書管理や公金管理のずさんさをたださなくてはならない」として「桜」問題と「政治とカネ」のみを追及した。

一方、衆参両院で共同会派を立憲民主と組んだ国民民主は、玉木代表が代表質問の冒頭、「具体的な提案も含めて質問する」と宣言。首相が国難と称する少子化対策には「婚姻数を増やすことが重要だ」と訴えるなど、提案型のアプローチでスタート。29日の参院予算委でも、国民民主の徳永エリ、森裕子両議員は新型肺炎について詳細な質疑を行い、北朝鮮の拉致問題、日銀による金融緩和策なども取り上げ、立憲とは異なるアプローチをした。

 両党の合流構想が破談となった直後だけに、各党の特徴を出そうとした思惑もあったろうが、こうした状況に政界関係者は「立憲は政府の対応が遅いと批判するだけではだめだ。緊急事態であるだけに知恵を使い政府の不足なところは補い、協力する姿勢をみせないと国民からますますかい離していく」と指摘。また同氏は「こういう時こそ国会が緊急事態条項の議論を深めていけば、国民もその重要性を認識できるだろう」と語った。

 2011年3月11日に発生した東日本大震災の際には、民主党が政権を担当し菅直人首相、枝野官房長官(いずれも当時)らが中心となって対応したが、野党だった自民党、公明党が「政治休戦」を呼び掛けて政権を支える姿勢を示した。今回の事態も国難ととらえ、「野党側は協力姿勢を示すべきではないか」と自民党関係者は語った。それと同時に、東日本大震災の時にも、私権制限の観点から緊急事態条項の盛り込みについての議論が盛り上がったが、今回、その議論の必要性が再浮上してきた。