習主席と日中「新時代」演出

国賓待遇に野党、保守派が批判

「成果がない」と焦る安倍首相

桂太郎を抜き、総理在職歴代最長となった安倍晋三首相だが、歴史に残るような目立った成果がない。北方領土返還交渉は行き詰まり、北朝鮮トップとの会談および拉致被害者の帰還問題の見通しは立っていない。憲法改正の議論も進まない。そこで、首相が今、期待しているのが、中国の習近平国家主席を国賓として迎え、新たな文書を締結して日中新時代を演出することだ。しかし、野党だけでなく、自民党内保守派からも反対論が噴出するなど、習氏の国賓待遇での来日を歓迎しないムードが広がりつつある。

安倍首相は昨年11月20日、日露戦争を勝利に導き、明治、大正期に首相を3回務めた桂太郎の総理在職日数を抜き、単独で一位に躍り出た。その後も記録の更新を続けているが、来年9月の任期末が近づいているのも確かだ。

 「祖父の岸信介首相は日米安保改定という大仕事を成し遂げた。長期政権だからといって、それでは何をしたのかと問われると首相には何もない。悲願である憲法改正のメドも立たない。最近、首相は実績づくりを焦っているようだ」と自民党本部職員は指摘する。

 そこで首相が期待しているのが、中国の習近平国家主席を4月上旬にも国賓として日本に迎え、歴史的な第5の政治文書を締結することなのだ。日中両国はこれまで国交を正常化した1972年の日中共同声明、78年の日中平和友好条約、98年の平和と発展のための友好協力パートナーシップ確立を打ち出した日中共同宣言、2008年の戦略的互恵関係の包括的推進をうたった日中共同声明の4つの政治文書を締結したが、第5の新文書はその先をいくもので、両国間関係にとどまらず、経済や環境など世界の課題を見据え両国で解決に向け貢献していこうといったより高次元の内容になるものとみられている。

 首相は1月20日の施政方針演説でも、「日本と中国は、地域と世界の平和と繁栄に、ともに大きな責任がある。その責任をしっかり果たすとの意志を明確に示していくことが、今現在のアジアの状況において国際社会から強く求められている」と強調した。しかし、香港でのデモやウイグル族への弾圧、国際法を軽視して日本の安全保障を脅かしている諸行動について一言も触れなかった。

 こうした首相の対中姿勢に野党側から厳しい批判の矢が飛んだ。国民民主党の玉木雄一郎代表は22日の衆院本会議での代表質問で、「『国賓待遇』で接遇することによって、世界に対して、中国の覇権主義、国際法や民主主義の基本的価値やルールに反する行動を容認するといった誤ったメッセージを送ることにならないか」と迫った。中国公船による我が国の領海侵入やウイグル自治区での弾圧などの懸念を列挙して首相に問いただした。

 立憲の枝野幸男代表は、代表質問の場では取り上げなかったが、別の席上、「国賓としてお招きするのに、『いかがなものか』という声が国内外にあることについて私は十分理解する」と指摘。日本維新の会の片山虎之助共同代表も「国賓として迎えることは、国民の間でも国際社会からも、中国政府の香港やウイグルに対する行為を日本政府が認知することになるという心配論がある」と24日の参院本会議での代表質問で語った。

 1月の党大会で16年ぶりに党綱領を一部改定し、中国を念頭に大国主義・覇権主義を批判する内容を盛り込んだ日本共産党も、「弾圧が、中国の最高指導部の承認と指示のもとに行われていることは、極めて重大といわなければならない」(山下芳生副委員長)とし、中国に対して厳しい立場を鮮明にした。

 それだけではない。自民党内の保守系有志40人が参加する議員グループ「日本の尊厳と国益を護る会」(代表幹事・青山繁晴参院議員)らが国賓待遇での来日に反対。佐藤正久前外務副大臣は、「香港問題」「邦人拘束問題」「尖閣問題」「日本食品の輸入規制問題」の「4つのトゲを抜かないと国賓というわけにはいかない」と述べた。
 一方、安倍首相は1月28日の衆院予算委員会で、習主席の国賓来日に関し、「(日中間に)問題があるからこそ首脳会談を行わなければいけない」と述べ、理解を求めた。首相は、これまでの習主席との会談で、尖閣諸島(沖縄県石垣市)周辺での中国公船による領海侵入や、新疆ウイグル自治区での人権問題、香港問題などを習氏に指摘していると説明。「両国は世界の平和と安定に責任を有している。(国賓来日は)その責任を果たす意思を内外に示す機会にしたい」と述べた。

 だが、国賓は天皇陛下との会談が予定されている。人権侵害国家のトップと天皇陛下の談笑シーンは悪夢だなどといった声が出ており歓迎しないムードに広がりがみられる。

 そうした中、中国で発生した新型コロナウイルス感染による肺炎拡大が習主席の外交日程を狂わせる可能性が出てきた。

 外交問題に詳しい自民党幹部は「感染による死者は武漢市にとどまらず北京市でも出た。貿易協議をめぐりトランプ米大統領が3月に訪中する予定だが、これがキャンセルされるかもしれない。ウイルス終息宣言を出すまでに4、5カ月かかるとすれば習主席の訪日も危うい。延期される可能性は否定できない」と指摘する。そうなると、首相にとっての実績づくりも先送りということになる。

 同幹部は「首相が何らかの成果を残したいと思っているのは確かだろう。だが、その焦りの顔色を見て北朝鮮やイラン、ロシアなどが米国との切り離しを狙って、さまざまな甘い罠を仕掛けてくるかもしれないが、それに飛びついてはならない。日米同盟が外交の基軸という原則を崩すことは禁物だ」と忠告する。