デジタル人民元VSデジタル円
…日銀ではなく政府による発行を
松田学の国力倍増論(19)
令和二年はどんな年になるのか?… こう尋ねられたとき、筆者は「世界の景色が変わり始める年になる」と答えている。その中で、電子データ主導型による社会の大変革が通貨面から始まるかもしれない。日本は従来の発想を超えて、その備えを開始すべきである。
情報技術で世界の変化の始まりが始まる
まず、今年から日本でも5Gの実装が始まる。これは従来の4Gと比べて通信速度が百倍、「高速・大容量」、「超低遅延」、「多数同時接続」の3つの特性により、IoT(モノのインターネット)を実現可能にするものである。日本政府の言う仮想電脳空間(バーチャル)と物理空間(フィジカル、リアル)とが一体化する「Society5.0」の基盤にもなるだろう。
筆者はそこからさらに、IoTからIoH(人間のインターネット)へと踏み込み、情報革命を唱えたトフラーの「第3の波」に続く「第4の波」が、Society5.0の人類社会に訪れると主張してきた。これは「人間(生体)革命」だ。体内や脳内に埋め込まれる無数の端末がネットでAI(人工知能)などとつながり、人間自体が進化していく時代になる。
ただ、この5Gも現時点では、産業の現場からは、4Gではない5Gならではのメリットが見当たらないとの声が大勢だ。むしろ、5Gで何をするのかを自ら考えるイノベーションのプラットフォームができる段階だと捉えるべきだろう。だから、変化の「始まりが始まる」。ブロックチェーン革命もそうである。クラウドで十分…。問われているのは、ブロックチェーンのメリットそのものを創造するこれからのイノベーションなのである。
しかし、世界では、このブロックチェーンから新しい動きが胎動し始めている。中国がいよいよデジタル人民元を発行する可能性が現実味を帯びてきた。リブラの行方とも相まって、今年は既存の通貨システムやお金の概念そのものが変わり始める年になるだろう。
デジタル通貨で揺れ動く既存の通貨システム
最近では、中国だけでなく、世界の主要金融当局の7割がデジタル通貨発行について研究しているようだ。すでにフェイスブックが提起するリブラ(Libra)が、各国の通貨当局に大きな衝撃を与えていた。スマホで手数料なしで一瞬で1ドル程度の少額でも世界中どこでも送金できるとなれば、新興国や途上国の金融包摂やユーザーの利便性を十分に顧みなかった既存の通貨システムの側としては、言い訳のしようもないであろう。
そのインパクトは、各国の経済政策のハンドリングを侵害するとか、国際金融情勢を不安定化させるといった経済面にとどまるものではない。通貨とは本来、国家主権そのものであり、人々に日常生活で最も頻繁に国家の存在を意識させているものだ。もし、20億人を超えるフェイスブックのユーザーたちがリブラを使い始めたら、国境を超えた「リブラ帝国」が誕生し、世界の政治レジームまで揺り動かすことになると予想する人もいる。
これまで「仮想」通貨だった暗号通貨を、世界の先陣を切って法定通貨へと導入する中国では、ブロックチェーン技術の開発は凄まじく、ビットコインがバージョン1だとすれば、現在はインテリジェンス機能を備えたバージョン6まで開発済みとの噂まである。
ブロックチェーンはビットコインのように「パブリックチェーン」として使われれば、中央に管理者が存在しないP2Pの分散型の仕組みになるが、これを中央に管理者が存在する「プライベートチェーン」として通貨を発行すると、発行元が、例えば日本のマイナンバーなどとは比較にならない精度の高いユーザー情報を得ることになる。中国当局は表向き、国内での銀行間の決済システムなどへの使用にとどまるなどとしているが、いずれ中国が主宰する国際秩序形成である「一帯一路」構想にデジタル人民元が乗り、米ドルを脅かす基軸通貨化が進む可能性が高い。そもそも米ドル基軸通貨体制からの脱却は中国の長年の悲願である。米中新冷戦による世界の分断が国際通貨の世界でも起こることになる。
「債務トラップ」で知られる中国の手法は、相手国に人民元建てで貸し付け、ドル建てで返済を迫るというものだ。そもそも暗号通貨は貿易金融や国際決済の上で最もメリットが大きい。すでに日本では中国系電子マネーアプリが普及している。中国人を「おもてなし」する日本で、中国当局が人民に対する監視の手段としても普及させたいデジタル人民元や、これと接続する電子マネーを日本人が使用したらどうなるだろうか…。
やはり、日本として通貨主権と国民の個人情報を守り、情報技術がフル動員されている「ハイブリッド戦」からも国家を守る必要がある。そのためには、独自のデジタル法定通貨の発行が急務だろう。自民党要路からも「デジタル円」発行の声が出ている。
デジタル円が政府発行の通貨でなければならない理由(松田プラン)
法定デジタル通貨といえば、各国とも中央銀行が発行するものが検討されているようだが、デジタル円を発行するなら、同じ法定通貨でも日銀発行の「日銀コイン」では意味がない。政府が有する通貨発行権に基づいて発行される「政府暗号通貨」である必要がある。
第一に、発行元に集まる個人情報などの膨大なデータを管理する上で、中央銀行はふさわしくない。それは、すでにマイナンバー制度で大量の個人情報を目的ごとに分別管理するシステムを運営している政府の役割だろう。
第二に、通貨とは本来、一種の情報機能だが、日銀コインは経済的価値にしか関われない。政府コインなら、納税や社会保障などの諸手続きや契約をスマートコントラクトとして内装することで、国民はトークンエコノミーに基づくワンストップ政府の利便性を享受できるようになる。それぐらいのメリットあってこそのデジタル円の発行であろう。
第三に、日銀が発行するコインは日銀の負債だが、政府が発行すれば、それを日銀が保有することで日銀の資産になる。日銀は、市中銀行を通じて寄せられるデジタル円への購買需要に応じて、資産である政府コインを銀行に売却する。これが異次元緩和政策の円滑な出口になる。同じく日銀資産である日銀保有国債の売却では金利急騰の懸念があり、出口戦略として困難が多い。こちらなら日銀のバランスシートは自然に縮小していく。
第四に、政府暗号通貨の新規供給は、市中銀行からの需要に応じて政府が日銀保有国債の償還を政府暗号通貨で行うかたちをとることに限定することとすれば、その分、国債は消え、政府暗号通貨に姿を変えて民間に流通するお金になる。国の借金が貨幣に転換する。
こうしたルールを徹底さえすれば、こんなマジックが、インフレや財政規律の懸念なく実現する。異次元緩和で日銀保有国債は昨年度末で470兆円と、普通国債発行残高の半分程度。その裏側で日銀の負債である日銀当座預金は400兆円。これが、このマジックの上限である。十分な金額だろう。国債を日銀に積み上げたアベノミクスの成果である。場合によっては国債の半分が消えることになる。まさに究極の財政再建になるといえよう。
言うまでもなく、政府暗号通貨はマイナンバーと接続してスマホで使えるようにしなければならないが、ここまでの大きな設計には、政府や経済界を超えた、まさに政治のイニシアチブが問われることになる。一年でも早い「松田プラン」の実行を望むものである。
松田学
松田政策研究所代表
元衆議院議員
未来社会プロデューサー
【プロフィール】1981年東京大学卒、同年大蔵省入省、内閣審議官、本省課長、東京医科歯科大学教授、郵貯簡保管理機構理事等を経て、2010年国政進出のため財務省を退官、2012年日本維新の会より衆議院議員に当選、同党国会議員団副幹事長、衆院内閣委員会理事、次世代の党政調会長代理等を歴任。