書評
「疫病 2020」
門田隆将著
独裁国家の隠ぺい工作告発
通常、ノンフィクションというのは、かなり時間がたったのち発表される作品だったが、本書は現在進行中の新型コロナウイルスによる感染病を描く。驚愕させられるのは武漢ウイルスに関し、中国や日本、台湾で半年間で起きたことを包括的に調べ、走りながら書く身体能力の高さだ。
通常、独裁国家には嘘はつきものだ。都合の悪いものは嘘で隠ぺいし、どうにもならなくなると暴力で押し通す。本書の核心は、その嘘を的確に暴いたところにある。
中国は武漢ウイルスそのものを隠ぺいしようとしたのではなく、実はウイルスの発生源を隠したかった。そのためダミーの発生源を設定し、それを報道させようとした。
本書では、今年1月3日までに中国国家衛生健康委員会がウイルスサンプルの「破壊と移管」を命じていたことを明らかにしている。それと同時に「武漢海鮮卸売市場が発生源」だと刷り込むような報道もさせていた。
いざ隠ぺいが決まると、地方政府も中央テレビ局も一斉に隠ぺい工作にとりかかる。それができるのは、中国のあらゆる機関や団体に共産党委員会があるからだ。この隠ぺい工作のため、世界の初動対策が遅れ、惨禍が拡大していったと本書では告発する。さらに世界的な感染拡大を助長したのは、ヒトからヒトへの感染があるということを当初、中国が隠ぺいしていたからだ。
著者の結論は「中国の独裁体制こそが世界にとっての疫病」ということだが、世界の民主勢力が力を結集し中国の独裁体制という怪物と闘わなければ、世界はこのモンスターの支配下におかれてしまうという危機感は、先だって行われたポンペオ米国務長官演説の警鐘とも一致する。(産経新聞出版 1600円+税)
未来の大国
浜田和幸著
国際政治経済学者の視野の広さ
参院議員時代には、外務大臣政務官として外交の最前線で奮闘し国際政治経済学者でもある著者は、広い視野を持ち、しかも一つ一つの指摘が的を突いている。
例えば、ベトナムの天文台は、表向きは宇宙に目を向けているとしながらも、実は中国軍の動きを常時把握するため、天文台の姿を借りたレーダー基地強化に動いていると指摘する。
またベトナム中部のダナンに中国資本による海外経済特区を建設中だ。べトナム企業に優先的に土地提供し工場誘致を図るが、これは米国との貿易戦争をにらんだものだと喝破する。中国製品は米の制裁と報復で高い関税をかけられているが、ベトナム製品なら対中報復関税の対象にはならないからだ。中国の製造業をベトナムに移転させ、「メイド・インベトナム」にすることで、これまで通り米市場で売れるようにしたい。それが中国の目論見だというのだ。
さらに中国は、オマーンの首都マスカットから500キロ南のドコモ漁村にアラビア半島最大級の産業経済特区を建設中だ。そこに1兆円規模の投資を行い、石油コンビナートや病院、ホテル、ショッピング街、産業インフラと社会インフラを急速度で整備中だ。中国とすればジプチで紅海に睨みをきかせ、オマーンでペルシャ湾に睨みをきかせるようになれば中東への影響力は一段と向上する。
中国は12月1日に、輸出管理法を施行する。同法は戦略物資の輸出に許可制を導入するほか、禁輸企業リストもつくり、輸出を禁じられるようにする。
なお米国は近年、東南アジアではタイに力を入れている。バンコクのアメリカ
大使館は、実に4000人体制を誇る。タ
イには中国から続々と人、モノ、金が入り、中国の橋頭保になりつつあるからだ。米国とすれば万が一に備え布石を打っているという。(祥伝社新書 本体840+税)
江戸のベストセラー
清丸恵一郎著
「解体新書」には試作版があった
江戸時代に、人気のあった本が紹介されている。
西鶴近松に四谷怪談、膝栗毛、八犬伝といった本流も興味をそそるが、古活字の豪華本や皮肉なエッセイ集といったその畑にどっぷりつかった人間しか語れないおたくぶりには脱帽させられる。
面白かったのは吉田光由による「塵劫記」。数字の名称から掛け算、割り算、商売がらみなどが詳述され、同書は和算が完成していく過程にも影響を与えるなど、今日の技術大国ニッポンのルーツ的存在という評価だ。
また杉田玄白の「解体新書」では、これを世に出していいものかと幕府の顔色を探るため、一部の内容だけを抜粋したパイロット版を先に出版したという。
なお、江戸時代で顕著なのは日本人の識字率の高さだ。当時、世界でダントツだった。
それを支えたのは寺小屋の存在で、そこで使われた教科書が「往来物」と呼ばれる初等教育用の書物だった。いわば入門書だ。
本誌の新政界往来も起源は、ここにある。
江戸時代は商売の基礎知識を教える「商売往来」や「問屋往来」、農業に特化した「田舎往来」「農業往来」など仕事に役立つ入門書が多かった。
著者はビジネス誌の元編集長、そこから働きながら「50の手習い」を実践し大学院を出ている。そうした真面目で知的吸収力の強さが随所ににじみ出ている。
江戸土産として人気があった大名旗本の人事録「武鑑」は、交際するにも商売するにも必須の情報で、儀礼の是非が命を左右する時代をほうふつさせる。総石高や参勤交代の頻度から人数を割り出して資産の概略をたたき出し、当時の市場規模を図るというビジネス書元編集長らしい辣腕ぶりも発揮する。(洋泉社 1600円+税)
ウォークス
レベッカ・ソルニット著 東辻賢治郎訳
読後、足がムズムズ、歩きたくなる
歩くという行為は、人間にとって単なる移動手段だけではない。
ソクラテスにとって歩行が思考と同列の意味を持っていたように、多くの作家も歩きながら文を練り上げ構想力を膨らましていった。
記者の
原点は「足で書け」だ。メールや電話だけで済ますような安易さを戒めた現場主義は、真実を追求する記者だけでなく犯人を探し出す刑事も同じだ。
ともあれ人類にとって歩行は、精神の活性化をもたらす。二足歩行を始めたことで、他の動物とは異なる進化を遂げた人類ならではの特徴なのかもしれない。
本書ではルソー、キルケゴールの思索を深めた歩行に始まり、自然賛美のワーズワーズ、都市遊歩者のベンヤミンなど、文化史に残る思想家達の「歩行」を論じつつ、自らの歩行体験も織り込んでいく。歩く場所もイギリスの田園風景からアルプスの山、パリの喧噪、さらにサンフランシスコの様々な通りやラスベガスの人工的な通りなどに言及し、読む方は世界を歩いたような気分にひたれる。文章も散歩のような軽やかさで小気味いいテンポが特徴だ。
現在でこそ男女を問わず、自由に街や山野を歩くことが可能だが、昔はそうでもなかった。中国では女性に纏足文化があり、歩くこと自体を身体的に縛った歴史がある。
欧州でも、女性が自由に歩きまわれない時代があった。街を自由に歩いていた女性は娼婦、あるいは街娼と見なされたからだ。
著者は「歩行」一つをテーマに絞りながら、実に500ページを超えるボリュームの本に仕上げているが、そのこだわり力には感服させられる。
読了時間が深夜だったら、きっと歩き出せる夜明けが待ち遠しくなるに違いない本だ。(左右社 4500円+税)
標本バカ
川田伸一郎著
動物研究者が愛情豊かに標本作り
道端にタヌキが車にひかれて死んでいる。
大抵のひとは「見たくないものを見た」と一瞥、あるけどないものにして通り過ぎてしまう。
「かわいそう」と思うひとは、野生動物に対する愛情が豊かなひとかもしれない。
だが著者は「もったいない」と思ってしまう。
著者は上野公園にある国立科学博物館勤務の動物研究者で、モグラを専門とする。ただ、博物館人として研究素材としての動物の標本に対するこだわりがあるので、「もったいない」との職業人的思いがつのる。
博物館では動物がどういう形をしていて、どういうふうに進化を遂げたかといった研究をしている人が多い。そのため実際の個体の確保が必要不可欠で、生きたままだと極めてやっかいだから多くは標本を使ってじっくり取り組む。
本書は「標本バカ」を自称する研究者が、動物の死体集めと標本作製に勤しむ破天荒な日々をライトなタッチで綴ったエッセイ。
通常、理系の本となると、がちがちの理論で埋め尽くされた無味乾燥ぎみの研究論文をイメージしがちだ。それが本書は、普通の常識をわきまえた著者がたまたま分け入ってしまった「異界」に等しい研究職にとりつかれ、深みへとはまっていく様が面白おかしく書かれている。トドの肉は魚臭があるが、カレーにするとシーフード系の味がして大変おいしいことを暴露したりする。
動物のと向き合うことをとしている著者が、大型動物の死体を処理する際、手にするのが牛刀だ。
その牛刀には著者の思い入れが入っている。
「荘子」のなかに「」という話がある。
庖丁という料理人が王様の前で牛をばらし、その見事さに王が感動、道を得る。我々が台所で使う、包丁の語源となった。
著者はこの庖丁をこよなく崇拝する。
庖丁が言うには、骨と骨の間には隙間があり、彼が使用していた牛刀より幅が広いので、刃を十分に回して処理できたとされる。彼はこの牛刀を19年間利用しながら、驚くことに刃こぼれが全くなかったとされる伝説がある。
結構、量がある本だが一気に読ませるパワーがある。読者を引き込む吸引力の源泉は、遺体を小気味よくばっさばっさと切りさばく牛刀の切れ味のよさだけでなく、自らをもばっさばっさと切りさばける第三者の目線をしっかりと持っているからだろう。(ブックマン社 2600円+税)
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新政界往来
新政界往来(創刊昭和5年)
主 幹 寺田 利行
発行人 塚本 進
発行所 株式会社 ポリティカルニュース社
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