編集後記

▽…ピューマ渡久地ジムの取材では、申し訳ないと思うことがあった。
コブラ諏訪に、写真撮りをお願いした時のことだ。
諏訪は、高倉健が書いてくれた書の前を指定した。
諏訪は、そこに行く途中にいた少年をみつけると、さっと一緒に肩を組んだ。
プロのカメラマンなら、この一瞬を決して見逃すことはなかっただろう。この時の諏訪の笑顔が、実によかったのだ。
その輝きを撮り損ねた。
だが、この融けるような笑顔に、このジムのメンバーを家族としている諏訪の胸の内が見えた。 
渡久地ジムは、東京タワーの下にある古びたビルの3階にある。
戦後の東京の復活の象徴でもある東京タワーは、1950年の朝鮮動乱で連合軍が使った戦車のスクラップが鉄骨の一部に使われている。狸穴の夜に燦然と輝く東京タワーを支えているのは、こうした戦乱を潜り抜けた鉄だ。
タイトルマッチを仕留めたコブラ諏訪を支えているのは、燦然と輝く栄光のベルトではなく、家族同然のジムの仲間たちだった。
東京タワーの下にも、もう一つの東京タワーがある。(T)

▽…秩父山系の一角で、里山暮らしを楽しんでいる。
ヒートアイランドが叫ばれるようになった都会とは、朝の冷え込みは4度程度違う。
都心で2度、3度と冷え込めば、間違いなく里山の池には氷が張る。
その鋭角の三角形の枝を持った氷の結晶も美しいが、感動的なのは畑一面に雪のように積もった霜も実に美しい。
うっすらと絹のベールをかぶせたようで決して厚くはないが、一面銀世界で頬がピッと張る。
白菜の畝に行くと、葉は凍っている。
それが午前7時前、太陽が東の山から昇ると、途端に表層の霜が溶け出し葉脈を川のように下り、根元に落ちていく。
白菜は霜に負けまいと、いっぱい糖分を出して凍りつかないように一晩中、踏ん張っている。だから冬の白菜は甘い。
それでも一部は霜にやられ凍ってしまうが、太陽に命を与えられたように朝には回復する。
何より太陽が融かした夜の霜が、白菜にとって朝の一杯のドリンクとなり命をつなげている様は感動的だ。
人生も同じ。
艱難は人生を豊かにする一杯のドリンクだ。(I)