政治と剣道

羽生興武館4代目館長 早川一郎氏に聞く

 ──明治以後、剣豪といわれる政治家にはどういう人がいますか?

 全日本剣道連盟が発足50周年記念事業として、剣道史上の偉人24人を顕彰しました。その中には、別格顕彰者として柳生宗矩(徳川将軍家の剣術師範)と宮本武蔵(二天一流の祖)がおり、他に22人が剣道の「殿堂」として顕彰されました。いずれも諸流派の達人たちですが、その中で国政に携わった政治家は5人います。

 特に、羽生興武館と関わりが深かったのが、小野派一刀流(徳川家の剣術指南)の第16代宗家で衆参国会議員であった笹森順造氏と全日本剣道連盟初代会長で参院議員、検事総長、法相などを歴任した木村篤太郎氏。そして、当道場の初代館長で大日本武徳会範士(小野派一刀流)の小澤愛次郎元衆院議員です。

 ──剣道は政治家としての資質に貢献するものですか?

 正義、廉恥、勇武、礼節、謙譲などの諸徳を剣道の修業を通じて涵養できると思いますが、国政を担う政治家として特に重要な資質は、私利私欲を捨てて国家、国民のために命を惜しまず献身できる誠の心を養えることだと思います。西郷隆盛がかつて「金もいらぬ。名もいらぬ。命もいらぬという人間でなければともに国事を談ずることはできない」と語ったと聞いていますが、この根底にある天に通じる誠の心を体現することが大切であると思います。

 木村篤太郎初代全剣連会長の筆による「一源三流」の木彫りの文字版が、わが道場の入り口に掲げられています。その意味は「一源」という誠の心から「国の為に血を流す、家の為に汗を流す、友の為に涙を流す」という「三流」が生じるというものです。今はやりの勝った負けたで一喜一憂する「剣術」とは違います。「剣道」はこの「為に生きる」という誠の心を厳しいまでに純粋に追求し磨き上げる道でもあるのです。

 ──国政の場でその「誠の心」が具現化したエピソードはありますか?

 剣道に関して言えば、明治39年3月13日の帝国議会で剣道と柔道を中学校の正式科目にするための法案を満場一致で可決成立させた時のことがあるでしょう。この案は前年、5票差で否決されてしまい、反対派の説得に国家・国民の為という真心で努めた末の成果でした。

 当時、前出の小澤愛次郎らは、立憲政友会の西園寺公望総裁から、旅順陥落直後の日露戦争の戦場の視察を命じられ満州の地に渡りました。そこで彼らが感じたことは、乃木希典大将らの戦いぶりを知り、「兵力と火力の絶対的不足を補う、戦って必ずうち勝つという烈々たる闘志と愛国報国の熱情である武士道精神が、全軍にっていたために不可能を可能にして最終的な勝ちを得られたのだ」ということでした。

 国力を強化し国民の精神を奮い立たせるためにも、柔道と剣道を、中等学校以上の男子が正科として学習し、体得するようにならねばならないと確信したそうです。

 その法案が成立した直後、小澤愛次郎は「剣聖士道」と題する詩を詠みました。剣道修行者の目指す尊い武士道といった意味です。その中身は、「名利を求めず一身軽し  孤剣ただ聖明に答えん事を期す 

業に成らんとし感極まりなし  益生報国の情」というもので、西郷隆盛の精神に通じる誠の心があると思います。

 ──その剣道や柔道などが保健体育の必修科目として近年、復活したようですね。

 そこで何を教えるのかが問題です。単に竹刀の素振りをして肩の筋肉をつけるといった程度では意味がありません。コテ、メン、ドーの発声練習をして気を入れることも重要ですが、袴の重要性とそこから生まれる礼儀の大切さを教えることです。袴の前側には5つの筋があり、それは仁義礼智信という五常の徳目を象徴します。後ろは一つに合わさった筋がありますがそれは忠孝一致を表します。この袴をひとたび身に着けると、そこに一人の人格体が誕生します。そこで、練習や試合の前後には必ず相手を尊重して礼をする、つまり、礼に始まって礼に終わるということになるのです。この相手を尊重する心構えを常に持っていれば、日常生活が円滑で気持ちのいいものになるし、いじめも減るのではないかと思います。

 ──海外での剣道普及にも取り組まれているとか?

 愛次郎の息子で私の祖父の小澤丘範士九段(元全日本剣道道場連盟会長)が特に力を入れたのが剣道の海外普及でした。米、英、仏、独、伊、加やブラジル、シンガポール、マレーシア、韓国、台湾など世界各地で剣道指導をし、世界剣道連盟の結成にも尽力しました。私の場合は、今年の3月、インドネシアのバリ島に行き二つの大学で実演・指導をしてきました。非常に小さな一歩ですが、日本の伝統文化の紹介の意味からも続けていきたいと考えています。

 はやかわ・いちろう 昭和31年東京都生まれ。曽祖父が中野区に建てた興武館剣道場の隣家に住み剣道を学ぶ。熊谷高校、早稲田大学を卒業。現在は創立130年の羽生興武館4代目館長。羽生市剣道連盟理事、小野派一刀流剣術研究会代表。

稽古風景