書評
「文春の流儀」
木俣正剛著
編集者時代の回想録
文藝春秋編集者として作家担当をしていた時の話が興味深い。
著者は戦後の文豪として司馬遼太郎、松本清張、山崎豊子の3人を挙げ、松本清張さんは6年間担当をしていたそうだ。
編集者の仕事の1つに、原稿依頼した作家から指示された資料収集というのがある。編集者というのは作家の助手的業務もこなさなければならない。
ある時、松本清張さんから網走刑務所の資料を求められ国会図書館で調べ上げ提出したが、よく考えるとそんな内容の小説を依頼していなかった。結局、他社の連載小説に網走刑務所が登場していたそうで、著者はよその社のために汗を流していたことになる。これは多分、著者がデータマンとして能力が高く、松本氏にとって便利な助手だったからに違いない。
また松本清張さんは1回にもらえる原稿は原稿用紙3枚と決まっていたそうで、それでもその3枚に対し必ず感想を聞かれ、さらにその後、社の編集長と社長に電話があり感想を尋ねたという。
宿敵新潮は昔、業界トップの部数を誇る週刊誌だったが、やがて「文春砲」などガンガンとスクープを飛ばし文春が新潮を抜き去ることになる。
そのエネルギーを生んだ文春の経営スタイルは、オーナー企業の新潮に比べ、文春は社員持ち株制度で社長すら社員が決めるという徹底ぶりだった。
最終章で著者は「どんな上司にも自由にモノが言え、容易に筋を曲げない社風」を愛し、「文春砲」よりも「文春ホォー」だと驚かせるメディアを目指せと退社後の文春にエールを送る。(中央公論新社 本体1800円+税)
「新疆ウイグル自治区 中国共産党支配の70年」
熊倉潤著
中国ディストピア社会を浮かび上がらせる
中国西北部に位置する新疆ウイグル自治区は、中国全体の6分の1ほどの面積を占める。同自治区は新中国になって以来多くの漢民族が流入し、今では人口は2500万人を超える。ウイグル民族はその3分の1にも満たず、約800万人だ。
ウイグルには「客が幸福を運んでくる」という諺がある。訪問者を大事にもてなすというのは、遊牧民族特有の伝統文化でもあったが、事、漢族に対してはこの諺は当てはまらなかった。何より漢族はゲストとしてではなく、主人として乗り込んできた。新疆ウイグル自治区は名前こそ、自治区だが実体は漢族支配の地域だ。
とりわけ習近平政権の下、ウイグル人らへの人権侵害は深刻さを増している。
なぜ中国共産党は、100万人以上ともいわれる多くの人々を「強制収容所」に入れるという過酷な強権統治に動いたのか。
本書は新疆の歴史を丁寧にたどり、ディストピア社会に至るまでの問題点を浮かび上がらせている。
本書で目を開かされたのは、親戚制度の詳細だった。
親戚制度というのは漢人を主とする公務員を「親戚」と称させて、現地ムスリムの各家庭に割り当てる仕組みで、中国語で「結対認親」という。
親戚制度は「親戚」を通じて、民族団結の理念を現地住民に広げること、貧困家庭の就業支援を表向きの目的としている。
しかし、現場では「親戚」の傍若無人ぶりが、民族間の憎悪を生みだし溝を広げる悪循環に陥っている。
現地ムスリムには「親戚」が作った豚肉料理を食べない、「親戚」が勧める酒を飲まないという選択肢はなかっただろう。
「親戚」の振る舞いに反対したり抵抗すれば「テロリスト」として報告されることは容易に予想されるからだ。
このため「親戚」に同衾を迫られて自殺者が出たとか、孫娘を守るため老人が「親戚」を殺すといった話も枚挙にいとまがない。
そのため「親戚」来訪に人々が恐怖のどん底に突き落とされたことが、亡命者らの証言から明らかになっている。
人民日報の報道によれば、新疆全土で110万人以上の政府職員が約169万戸の「親戚」になったという。(中央公論新社 本体860円+税)
『空海さんとふたり 田舎暮らし』
多田則明著
最高の生き方は隣人愛
著者は子供の頃、隣近所のおばさんたち総出で田植えをした昔を懐かしむ。
苗束を田に放り込むのは子供の仕事だった。手元が間違えると泥がおばさんたちに跳ね、すかさず 「なんしょんな!」とお叱りの声が飛んだ。
こうした光景は、今では中国雲南省の田舎にでも行かないと見られなくなった。
本書では村落共同体の言及に興味をそそられる。
著者は里山を形成した村落共同体を壊したのは、田植え機だったと見る。
鶴見俊輔氏は「日本人の最高の発明は村」だったと喝破した。
村落共同体は嫌になったからといってやめられない窮屈さはあるが、誠実に働けばなんとか食べていける安心がある。
自治会参加は任意で入りたくなければ入らなくていい。
都市部ではその参加率は低いものの、田舎ではほぼ100%参加だ。田舎ではまだ村落共同体のDNAが残っているらしい。「道路普請」と呼んでいる道路脇の草刈り作業や水路掃除を、自治会の班単位でやっているのもそのなごりなのだろう。
著者が言う「最高の生き方は自己実現ではなく、社会貢献や隣人愛」というのは、その通りだと思う。
そういう風に生きると喜びに満たされるし、体もはつらつとして健康になる。
都市は合理主義のリズムで動くが、里山には「私はあなたであり、あなたは私」という共同体の残り火がまだ残っている。
養老孟司氏は「江戸時代の参勤交代のように、都会人は時々、田舎暮らしをしたほうがいい」と提言している。著者自身、これを実行してきただけでなく終の棲み処を出身地の香川県に定め、村落共同体を束ねる仕事をしている。
本書は机上の書ではなく、田畑で汗して書いたところが尊い。(アートヴィレッジ 本体1500円+税)
『「日本」を「ウクライナ」にさせない!』
大高未貴著
中国の静かな侵略に警鐘
豪州では「中国の静かな侵略」が問題になった。
本書はその日本版といったところだが、それがかなり深刻な症状を呈するようになったことを意欲満々の著者ががっぷり四つで俎上に載せる。
例えばアイヌ問題や沖縄、孔子学院、媚中政治家が導入する中国製メガソーラー問題など生身を張った突撃取材で中国の表の仮面をはがし、真の顔に迫る。
とりわけ本書で強調しているのが、洋上発電に食い込んできた中国の太陽光パネル企業問題だ。
丸ビルに本社を置く上海電力日本株式会社は、子会社を駆使した複雑な回路を構築しながら合法的に日本の戦略的要衝地を買収している。あっと気が付いたときは、がんじがらめの蜘蛛の巣にからめとられていたということにならないための警鐘を鳴らしている。(ワック 本体900円+税)
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新政界往来(創刊昭和5年)
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