「一帯一路」中国の矛盾

大陸国家と海洋大国二兎追えば破綻する

中国の一帯一路構想とはユーラシア大陸の東西を陸と海の回廊で結び、中華経済圏の肥大化を目指したものだ。無論、一帯一路には安全保障戦略も織り込まれており、有事には兵士や武器・弾薬を運べるロジスティクス機能も発揮できるよう設計されている。東南アジアではカンボジアのリアム海軍基地やミャンマーのチャオピュー港が中国海軍の基地および寄港地になる見込みだ。

こうした中国の進出ぶりは、東南アジア諸国連合(ASEAN)にとってみれば中国南進と映る。
事実、中国が南進を本格化させたのは1990年代初期のことだった。沿海地域とは対照的に経済発展から取り残された雲南、貴州、四川、広西など西南地区の開発を目指した当時の李鵬首相は、「雲南を南に向かって開き南進せよ」との国家戦略を発令した。後発地域の開発促進とともに、1989年6月の天安門事件で国際的孤立を強いられた中国がASEANとの経済関係を強化することで外交的打開の道を開く意味もあった。何より91年12月25日のソ連崩壊により、ソ連との国境線に100万人の中国人民解放軍兵士を張り付けておく必要から解放され、南進へ国力を投入できる地政学的条件が整っていた。

それから30年経った今、中国はこれまでの南進の実りを刈り取る時期を迎えたかのような状況になっている。
とりわけASEAN10カ国の中でも、カンボジアとラオスへの進出ぶりが顕著だ。

アフリカ東部のジプチに初の海外基地を設けた中国人民解放軍が、第二の海外拠点として狙い定めるのがシアヌークビルにあるカンボジア最大の海軍基地リアムだ。

ただ地政学のテーゼには、大陸国家と海洋国家の2兎を追えば破綻するというのがある。ソ連もナチスドイツも、大陸国家なのに海洋国家にもなろうとして墓穴を掘った側面が存在する。

中国の一帯一路は、中国と欧州を鉄道やハイウエーで結ぶ陸の回廊だけでなく、太平洋西部からマラッカ海峡を経てインド洋へと出る海の回廊も含まれる。これは大陸国家である中国が、海洋大国にもなろうとするもので、地政学的には破綻リスクを抱える。

中国はそれだけでは飽き足らず、宇宙大国への野心も隠さない。大陸国家と海洋国家を肥大化させ、さらに宇宙大国まで目指す「偉大な中華民族」のネックとなるのは経済力だ。

その中国の経済力に陰りが見えてきた。中国の不動産は本格的なバブル崩壊までには至っていないものの、昨年のマンション新規着工件数はコロナ前の2019年比で4、5割方落ち込んでいる。そして約3割を土地取引で賄ってきた地方財政も、これによって危機に陥るという二次被害も深刻だ。 

昨年12月17日、李強首相は「23年の中国GDPは目標を上回る5・2%だった」と発表した途端、中国株が急落し代わりに日本株が一時、取引停止になるほど買いが集中した。マーケットはこの数字を信用しなかったばかりか、現実を直視しない姿勢に効果的な政策を打てるはずがないと中国経済への失望感が絶望感へと激変したとも読み取れる。

イタリアが昨年末、一帯一路からの撤退を決めたのは、約束したはずの経済支援がなかったからだ。一帯一路という世界を中華の大風呂敷に包んでしまおうという「赤い野心」は、これから明らかになるであろう数々の空手形によって燃え尽きる可能性が高い。ない袖は振れないのだ。

さらに致命傷となるのが中華思想そのものだ。大陸国家の基本志向は膨張にある。国家権力のコアとなる地域を守るため、その外域を施政権下に置きたがるし、さらにその外側への影響力強化に常に余念がない。そうして大陸国家というのは統治地域の肥大化を生理現象として持つ。そのために武力強化に励み、権力のグリップを強めようとする。

一方、海洋というのは「連結」にこそ強みが発揮される。

そもそも海というのは、海岸線を持つすべての国を結びつける「連結性」を持つ。それが大陸国家であろうが、島国であろうが、それに関わりなくだ。そうしたすべての国に開かれたオープン性が海洋の強みだ。海は船舶による交易によって物流を促し、海底に敷かれた光ファイバーによって情報網も構築できる。

だが共産党政権の強権統治の遺伝子を持つ中国は、公共性の強い海洋をも大陸的発想で統治しようとする。南シナ海の島々や岩礁群を9段線で囲い込み、戦闘機が離発着できる滑走路を造り、ミサイル基地も造り上げ軍事基地化を推進してきた。

この手法そのものが、すべての国に開かれた海洋が持つ「自由の海」という魅力をそぎ落としていることに気が付かない「中国の悲劇」が存在する。